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北海道の鉄道の内容を中心に自身の知識も含めながらブログの記事を日々更新しています。札幌市在住のため、主に札幌圏を走行する列車についての話題です。

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キハ183系5000番台ニセコエクスプレスのラストランから1年

昨年の2017年10月29日といえば、北海道で4番目のリゾート気動車「ニセコエクスプレス」のラストランの初日でした。

本当の営業運転撤退の日ではありませんが、営業運転を終了する催しから1年。時間の流れは本当に早く、昨日のことのように思い出します。







ラストランは小樽駅で撮影しました。

完全ではありませんでしたが、外装が極力登場当時のものに戻されました。

前照灯の間にある愛称表示器が久々に登場時の「Niseko」の文字を掲出して運行しました。日本ハムファイターズ塗装から従来のオリジナル色に戻された際に愛称表示器から「Niseko」の文字が撤去され、ラストランまで何も表示していませんでした。ラストランでは上からシールを貼りつけたような感じですね。



ほかにも、先頭車両の運転席側の客室窓の上部に「Niseko EXPRESS」と記載され、乗降扉付近にキャラクターが描かれていたはずです。これらは日本ハムファイターズ塗装から原色に戻された際も撤去されたままでした。

愛称表示器も然り、フラノエクスプレスなど、老朽化したリゾート気動車の引退によって活躍がニセコ方面のみならず、北海道全域になったことから、方面を問わず活躍するための配慮だったのかもしれませんね。

ラストランを終えた同車は・・・



苗穂運転所(札ナホ)構内の旧扇形庫前に留置されていました。3両とも2017年12月28日付で廃車となっていますが、廃車後もしばらく同運転所構内で留置されました。



旧扇形庫前で、正式に除籍になる直前に後輩のクリスタルエクスプレスとの並びも実現しました。両者は近年多客臨としての活躍が激減し、苗穂運転所で遊休状態が続いていました。冬期になれば、毎年どちらかの編成が旧扇形庫前に留置され、冬眠しますね。







そしてついに、今年の3月下旬から4月上旬あたりに苗穂工場へ入場し、ここ最近まで3両編成で留置されていました。情報をいただきましたが、苗穂工場敷地内にある鉄道技術館に展示する部品を解体前に取っているようで、この作業が終了次第、解体することになるでしょう。



ここ最近は、「キハ183-5001」のみ放置されています。フラノエクスプレスのように、同車だけ解体が一時的に免れるのか気になります。

ちなみに・・・



鉄道技術館内には、ニセコエクスプレスの実車完成前のイラストを確認することができます。晩年の実車はほぼこのイラストとおりでした。前照灯の形状が横に長く、スカートも白くなっています。どちらかというと、イラストの方がシャープに見えます。



また、ニセコエクスプレス落成を記念した盾も展示されています。こちらは12月9日の日付になっています。除籍されたのは12月28日なので、デビューから29年は満たしていますが、営業運転となると、残念ながらデビューから29年を迎える直前で引退となってしまいましたね。



また館内には、ニセコエクスプレス・ラストランで配布された乗車証明書が展示されています。実際にラストランに乗車できなかった方や、この乗車証明書を入手することができなかった方は、鉄道技術館を見学する際に実際に配布されたものを間近で見ることができます。


改めて、ニセコエクスプレスについて紹介したいと思います。

ニセコエクスプレスは1988年12月に団体・臨時列車用として新千歳空港からニセコ方面へアクセスする列車として北海道で4番目のジョイフルトレインとして誕生しました。

それまでのアルファコンチネンタルエクスプレス、フラノエクスプレス、トマムサホロエクスプレスが既存の車両の一部を活用した改造車だったのに対し、JR北海道の苗穂工場で新製された完全自社製造車両です。「おおぞら」や「北斗」など、道内各地で活躍していた特急気動車と同様、形式はキハ183系とし、新たに5000番台を名乗りました。

全国的にも、ジョイフルトレインの車両は従来の余剰車両を活用した改造車が大半を占めましたが、車両を一から新製するという当時では珍しい導入例です。その後、クリスタルエクスプレス トマム&サホロやノースレインボーエクスプレスもJR北海道が自社製造しました。

他のリゾート気動車がハイデッカー構造をメインとしているのに対し、ニセコ方面という山岳路線の使用を想定し、床面はフラットな構造とされました。そのため、床面の嵩上げはJR東海のキハ85系と同程度の200mmに抑えられています。床面はフラットな構造でありながら、一般車両よりも床が嵩上げされている分、客室窓が低く感じられ、その分、北海道の雄大な車窓を堪能することができました。

床が嵩上げされていますが、その分屋根が高いため、室内空間は犠牲にされることなく、そのまま広い空間が維持されていました。

引退した編成を含むその他5編成を含め、完全にフラットな構造を採用した編成はニセコエクスプレスのみでした。アルファコンチネンタルエクスプレスは先頭車の先頭部分の一部がハイデッカー構造になっていましたね。

ニセコ方面での活躍を中心に、シーズン以外は函館地区(リゾート大沼号)や日高方面(優駿浪漫号)、富良野方面(フラノラベンダーエクスプレス)、留萌方面(増毛エクスプレス)など、道内全域で活躍するオールマイティさも兼ね備え、北海道のリゾート気動車として29年弱にわたって活躍しました。

しかし、時代とともに団体需要や多客臨需要が少なくなり、多客臨の運行休止とともに稼働する機会を徐々に減らしていきました。ニセコエクスプレスを主に使用していた「ニセコスキーエクスプレス」や「フラノラベンダーエクスプレス」(1往復減便)、「フラノ紅葉エクスプレス」も設定されなくなり、晩年は1年で本線上を走行する姿も数回程度にまで落ち込んでいました。

特に近年では、3両という短い編成が観光シーズン中の需要に対応することができず、過去に同車の代わりに「フラノラベンダーエクスプレス」をキハ183系一般車が代走したという例もありました。一昨年から昨年にかけては、1編成あたりの定員数が多いキハ183系旭山動物園号が使用されたり、昨年の秋に運行された特急「ニセコ号」もキハ183系一般車が使用されるなど、もはやどの方面においても活躍できる場が失われつつありました。

さらに追い打ちをかけるかのように、一昨年の8月下旬から9月上旬にかけて同車によって特急「ニセコ号」が設定された際、初日に旭川方先頭車である「キハ183-5002」で冷房機器が故障した影響により、キハ183系一般車で代走となりました。 ここから、ニセコエクスプレスを使用した列車がさらに極端に減ってしまいました。

おそらくこの冷房機器の故障が、引退に追い込んだ最大の理由と思われます。

製造時期が好景気ということもあり、冷房装置を床置き式にしたり、プラグドアを採用したり、各座席にモニターつきのAV機器を装備するなど、デザインや設備優先で斬新な構造とされましたが、昨今の経営難という状況では、その構造が仇となり、部品がなくなり、修理が困難になってしまいました。

故障した冷房機器も特殊構造ゆえ、他の車両と共用することができない特殊な部品を使用するようで、この部品の調達が困難になり、修理そのものができない事態に陥りました。仮に修理や冷房機器の載せ替え(新品に交換など)を検討しても、臨時列車の削減という昨今の稼働状況を含め、最終的に引退という判断がされたと思います。

北海道という一年を通じて厳しい気候条件下で29年弱にわたって活躍してきたわけですが、車齢の割には、それに見合う走行距離には達していないと思われます。特に近年は所属先の苗穂運転所で遊休状態となっており、年数回程度まで稼働する機会が減っていました。あくまで予想ですが、引退した直接の理由が老朽化ではなく、一部搭載機器の故障で修繕が困難になるという、鉄道車両としては過去にあまり例のない引退ではないでしょうか。

管理者としては、特に2015年あたりから稚内・網走方面の「サロベツ」や「オホーツク」で使用するキハ183系の老朽・劣化が目立ち始め、深刻な車両不足に陥っていた時期がありました。3両編成であればニセコエクスプレスを「サロベツ」として使用することも可能だったことでしょう。

九州では過去に特急「ゆふ」のうち、キハ183系1000番台を使用した列車を「ゆふDX」として運行し、奇数日と偶数日で通常使用するキハ185系と交互に運行されていました。九州全域で活躍する場所がなかったキハ183系1000番台というリゾート気動車を見事に有効活用した良き事例であり、晩年のニセコエクスプレスも活躍の場がほぼ失われていたことを踏まえると、通常使用するキハ183系と交互に「サロベツ」で使用し、車両不足をカバーすることが可能だったと思います。

クリスタルエクスプレスは4両編成ですが、そのうち1両がボックスシートと2人用普通個室であり、実質3両編成みたいなものですから、同車も有効活用すれば、稚内方面の特急列車は旭川駅発着列車を生まずに現在の運行体系をさらに先延ばしすることが可能だったかもしれません。

冷房装置も然り、そうした機器は定期的に稼働させないと逆に壊れる原因になります。定期的にそれら機械的な装置を稼働させておけば、もしかしたら機器の故障は免れ、ニセコエクスプレスは今も本線上で元気に走っていたかもしれませんね。

過去を惜しんでも仕方ありませんが、当記事の題名のとおり、ラストランから今日で丸1年が経過しました。後に登場したクリスタルエクスプレスはニセコエクスプレスと同じく稼働する機会が少ないですが、夏期には「フラノラベンダーエクスプレス」で使用されており、逆に今廃車にしてしまうと、「フラノラベンダーエクスプレス」の運行をノースレインボーエクスプレスのみで対応せざるを得なくなり、輸送力が不足することによって富良野方面の観光シーズンにおける輸送が窮地に立たされるでしょう。ノースレインボーエクスプレスを含んだ残る2編成については、車齢から老朽化という問題と向き合う反面、代替車両がないため、廃車するにできない状況で今後も推移していくでしょう。

特別な車両を維持していくのは大変ですが、こうしたユニークな車両が徐々に減っていってしまうのは非常に残念でなりません。今後もニセコエクスプレスのような、北海道らしさが残る車両の活躍を大事に見守っていきたいですね。










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