FC2ブログ

プロフィール

管理人

Author:管理人
北海道の鉄道の内容を中心に自身の知識も含めながらブログの記事を日々更新しています。札幌市在住のため、主に札幌圏を走行する列車についての話題です。

<公式Facebook>


<公式Twitter>


<公式Instagram>

Amazon.co.jp(鉄道雑誌その他)

RSS

さようなら石勝線・夕張支線126年の歴史に幕

夕張市内を走る石勝線・夕張支線(新夕張~夕張間16.1km)が3月31日をもって営業を終了しました。

夕張支線は1892年11月、前身となる北海道炭礦鉄道室蘭線の支線として開業から126年と5か月で役目を終えました。主に石炭輸送を担った路線でしたが、炭鉱衰退とともに過疎化で利用客は減少の一途を辿りました。

2016年に夕張市が代替交通に向けた協力を条件にJR北海道へ廃止を提案し、その後合意に至り、昨年3月にJR北海道が単独で維持することが困難とされる道内の10路線13区間のうち、初めて路線の廃止・バス転換が正式決定しました。

JR北海道の路線廃止は、2016年12月に廃止された留萌本線留萌~増毛間以来となります。当該区間が廃止された際は既にJR北海道は単独で維持することが困難な路線10路線13区間を既に発表していましたが、鉄道路線を廃止する場合、廃止とする日の1年前までにその旨を国土交通大臣へ届け出なければなりません。これは、鉄道事業法第二十八条の二で定められています。

留萌本線の留萌~増毛間の廃止について、2015年8月10日付でJR北海道のニュースリリースから発表されています。JR北海道が単独で維持することが困難な路線を発表したのが翌2016年11月なので、よって今回の夕張支線がJR北海道で単独で維持することが困難な路線に指定された中で一番最初に廃止された路線・区間になります。

詳細は追々紹介していきたいと思いますが、まずは本当のラストの様子を何枚か紹介します。



あまり撮影者がいなかったのが南清水沢駅のすぐ清水沢方です。写真のように障害物が点在していますが、あまり大きくもないので、細かいことを気にしなければ列車を間近で撮影できるおすすめの場所でした。



撮影者が大勢いた鹿ノ谷~夕張間のファッション踏切。



営業運転最終日にも関わらず、撮影者がほとんど確認されなかった西川町通踏切。奥が清水沢駅です。

障害物の多い踏切ですが、清水沢の跨線橋と一緒に撮影することができるので、夕張支線らしい1枚が撮影できる場所でした。



夕張駅で並ぶ特急「スーパーとかち8号」と夕張行き普通列車。

3月のダイヤ改正から、特急「スーパーとかち4号」と特急「スーパーとかち8号」は新夕張駅2番線に発着するようになりました。後者は同駅で隣同士で停車するシーンが見られました。

早速、新夕張駅では3・4番線ホームの立ち入りが禁止されているようで、このシーンも夕張支線廃止とともに見られなくなりました。



出発進行!!

最終日は車掌も乗務していました。ホーム側の乗降扉も全て扱われていました。



夕張駅から最終列車発車後から1時間後には、夕張駅のホームの駅名標の撤去作業が実施されました。



詳細は後日順次お伝えしていきたいと思います。

管理者も激動の3日間でした。というのも2日連続ですすきのでした。

土曜日も行く予定でしたが、金曜日から飲み過ぎて諦めて・・・。日曜日は前日の土曜日19時から当日の朝7時まで12時間飲み続け、1回帰宅して風呂に入って、髪を切りに行って、昼過ぎに現地入りしました。本当は最終日ぐらいは車で回りたかったところですが、間違いなく酒が残っていたので、車で行くことは断念しました。

夕張に到着する直前、後輩から連絡があり、実家に帰るということで「今日夕張のレースイで打ち合わせしているから迎えに来て」と誤魔化して迎えに来てもらい、2人で牛タン食べて帰りました。よくほぼ丸2日寝ないで生きていたなと思います。

運がよかったこともありましたが、普段使っているSDを忘れて読み込み速度が遅かったり、これまでと同じように列車やバスの移動のため、撮影場所が偏ったりして、最終日はあまり納得いく写真は撮影できませんでした。

ほかにも、3月はホワイトデーというものがありまして、2月に後輩から1つずつ、同級生から1つ、先輩から1つの計4個もらいました。いずれも毎年もらう義理ですが、今年はダイヤ改正と夕張支線などで夢中になりすぎて忘れてしまい、先輩や同級生から「信じられない」や「考えられない」と言われ、呆れられています。義理なのにどうして言われなければならないのか。本人たちの目の前では言えないので、ブログに書かせてください。

いずれにせよ、何ごとにも夢中になりすぎるのはよくないですね。今後の反省点として生かします。

近々、ほかの施設とともに廃止後の様子も見に行きたいと思います。機会があればお伝えしますね。











↓ブログランキングにご協力お願いします↓


にほんブログ村


人気ブログランキング

鉄道コム
関連記事
トラックバック
トラックバック送信先 :
コメント
8427: by 龍 on 2019/04/02 at 17:05:39 (コメント編集)

夕張支線の最終運行となった3月31日(廃止は翌4月1日付)。その前日(3月30日)、もう一つの鉄道路線が役目を終えました。釧路市の太平洋石炭販売輸送臨港線。石炭輸送専門の貨物線で、国内で最後まで残っていたいわゆる「石炭列車」でした(廃止は6月30日付の予定)。明治から大正、昭和と北海道の主要産業だった石炭。その象徴でもあった2つの路線が、その長い歴史に揃って幕を下ろしました。

8430: by 管理人 on 2019/04/03 at 00:22:06

>>「龍」さん、コメントありがとうございます。

臨港線は地元で活用策を見出していたと思います。しかし、結局はお金のかかることですから、活用策を見いだせないまま線路などは撤去されるのではないでしょうか。

釧路市も夕張市と同じくして衰退が著しいです。人口も苫小牧市に抜かれるのも時間の問題です。釧路市と夕張市は異なりますが、やはり石炭と密接につながっている自治体というのは必ず衰退するものなのでしょうか?北海道はどんどん衰退していきますね。

8432:さよなら夕張線 by シニアパートナー on 2019/04/03 at 15:43:05 (コメント編集)

北海道の鉄道は「石炭とともに隆盛し、石炭とともに終焉する」という思いを強くします。北海道最初の鉄道「幌内鉄道」は産炭地幌内地区の石炭を小樽港へ輸送するのが主な目的でした。

新潮社が発行した『日本鉄道旅行地図帳』の北海道編をみると、過去廃線となった鉄道路線も含めて地図に記載されています。かつて国鉄(JR)だけではなく民営の鉄道がこれほどまでにあったのかと感嘆するくらいの路線が書かれています。そのほとんどが鉱山からの輸送を担っていた路線ですが、鉱山の衰退とともに消えていきました。

小生にとっては、石勝線が開通して旧夕張線が石勝線に組み込まれても、夕張線という言い方のほうがしっくりきます。高校初めの頃、友人と終焉間近い蒸気機関車を追い求めて追分、紅葉山、清水沢に出掛けたときのことを思い出します。紅葉山は今の新夕張で、風情ある駅名が都会の新興駅のようになってしまったなあと思ったものです。終着駅の夕張もかつてはもっと市街地の中にありました。

以前の記事で管理人様が映画「幸福の黄色いハンカチ」のことを取り上げておられましたが、この映画製作の下見で山田洋二監督が夕張を訪れた際、夕張線のD51が運用を完全に離れるかどうかの瀬戸際の時期で、誰かから「蒸気機関車もう無くなりますよ」と聞きつけ、自らカメラを回しD51の走る姿を撮ったと、何かのインタビューに答えていたことを思い出しました。

8434: by 管理人 on 2019/04/03 at 23:03:45

>>「シニアパートナー」さん、コメントありがとうございます。

かつて北海道にはたくさんの路線がありましたが、そのほとんどが炭鉱や一部では林業で栄えた路線もあったはずです。いずれも炭鉱の閉山などで廃線になっていますね。

過去に他の方からコメントをいただいていますが、北海道の鉄道の歴史においても長い夕張線が石勝線に含まれている形で最後は幕を下ろしましたが、やはり夕張線の方が愛着があるようです。紅葉山の駅名標は現在の新夕張駅前にありますよ。現在の夕張駅も以前より手前に改められたはずで、だいたい現在の夕張市役所あたりまで伸びていたと思います。マウントレースイができたことで移設されたようですね。

「幸福の黄色いハンカチ」は、ロケ地前のバス停もあり、外国語の看板も設置されていますが、残念ながらロケ地も連日見物客で繁盛しているわけではありません。名作ですが、それが忘れ去られているような気がして残念でなりません。

以前は「全国最低の行政サービス」と言われたこともありましたが、今回何度か夕張を訪問してみてそのような気配はありませんでした。特に高齢者の方は都市部差在住の人間よりも活気があって元気ですね。石炭があった頃と比べると勢いの低下は否めませんが、まだまだ夕張は元気なまちだということを改めて認識した次第です。いずれ再生し、生まれ変わったある意味での新夕張を見てみたいものです。

8436:批判があったなかでの決断だった夕張線の廃止 by ダッフィー on 2019/04/04 at 19:42:04

夕張線の廃止は鈴木直道道知事候補にとって、周囲の反対のなかで進めてきた廃線でもあります。
だけれど、残してもJR北海道の赤字を垂れ流すことにも繋がる。
そこで、夕鉄バスを主体にしたコンパクトシティ構想を選択したことで今までの交通体系の見直しが分かりやすく見えたと思います。
石川知裕道知事候補は鉄路をなんとしても残すと鉄道ファンにはありがたいですが一方でJR北海道をどう支援するのか?
ダメなら公営企業としてJR北海道の在来線を買い取るのか?
選挙広報を見ても具体的なことが示されてませんので、正直どうなんだろうと思うことはあります。

8437: by 管理人 on 2019/04/05 at 08:21:02

>>「ダッフィー」さん、コメントありがとうございます。

夕張市の交通体系を含めたコンパクトシティ構想はまだまだ不透明なこともあります。例えば清水沢を中心に展開することで市役所をどこにするかです。

現時点であの巨大な建物は不要ですし、いずれは老朽化で建て替えが必要です。交通体系の見直しは比較的簡単に行うことができますが、行政サービスなどの移転は今後は難航するのではないでしょうか。

今度の北海道知事選は候補者によってJR北海道の今後を左右します。おそらく、地域に見合った公共交通体系を見直す派と意地としても残す派の一騎打ちになりそうです。意地としても残すのであれば道や沿線自治体から巨額の支援が必須なります。現時点で存続させる具体策も示されていないので、厳しい状況が予想されますね。

▼このエントリーにコメントを残す