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北海道の鉄道の内容を中心に自身の知識も含めながらブログの記事を日々更新しています。札幌市在住のため、主に札幌圏を走行する列車についての話題です。

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夕張支線廃止から1週間

石勝線・夕張支線の廃止から既に1週間が経過しています。

今回は廃止後、1週間が経過した様子の写真を何枚か掲載します。



まずは南清水沢駅から。

駅舎は看板が取り外されました。その看板は駅舎内にありました。駅舎には鍵がかけられており、入ることはできません。



南清水沢駅前にある南校通り踏切があった場所から新夕張方を眺めてみます。

まだ線路は撤去されていません。もうこのレール上を鉄道車両が走ることはないでしょう。



踏切も夕張支線内全てで遮断機等は既に撤去されていました。



同踏切に隣接して南清水沢駅がありました。踏切や橋梁の前後では写真のように「立ち入り禁止」の柵が新たに設けられています。



次に清水沢駅です。こちらも駅看板が撤去されていました。



多くの撮影者で賑わった清水沢跨線橋から清水沢駅構内を眺めます。夕張支線が廃止されれば、渡る人さえいなくなってしまいました。

写真ではわかりづらいですが、駅舎とホームの間の通路に新たに柵が設けられ、行き来できないようになっていました。



続いて鹿ノ谷駅です。ここも撮影者で多く賑わった駅でした。



駅前の跨線橋から駅舎全体を見渡します。ほかの駅同様、駅名標は既に取り外されていました。それ以外は特に現役の頃と何ら変わりませんでした。







そして、鹿ノ谷~夕張間にあるファッション踏切。ここも撮影者で賑わいました。

踏切の名前のファッションとは、かつて付近にドレスメーカー女学院という洋裁の専門学校が設置されていたようです。そのためにファッションという変わった名前の踏切になっていたようです。その専門学校の建物はもう取り壊されているようです。

今日と明日の日中で踏切撤去工事が実施されるようです。



そして最後に夕張駅です。撮影場所として賑わった場所は、線路内への立ち入りを禁止する柵は撤去されていました。



旅客駅としての役割は終えましたが、旧夕張駅舎はまだ「ゆうばり駅」の看板が設置されたままでした。駅舎内の売店もまだまだ営業中でした。



夕張駅前にある末広通り踏切から夕張駅方向を眺めます。


廃止後、1週間が経過した際の様子では、橋梁や踏切の前後で立ち入り禁止の柵が設けられ、駅の看板が撤去されたり、踏切も遮断機等のみで完全に撤去されていませんでした。駅舎も看板が外されただけで取り壊し作業も実施されていませんでした。

特に駅舎は今後どのような対応をしていくのか気になるところですが、そのほとんどが老朽化が激しいため、転用などは実施されずに解体されるのではないでしょうか。

ほかの道内に残る不採算路線と比較して、夕張支線は特殊だったこともありますが、管理者とって、夕張支線は特別な思いがあります。小学生の頃まで毎年夕張に遊びに行ったという理由もありますが、やはり昨今の揺れる不採算路線の存廃問題で大人な対応をしたことは、今でも忘れられません。やはり将来のことを真剣に考えてくれる人間がトップに立てば、政策や行動が周りの人間とは違います。

北海道では新たに全国最年少知事が誕生し、これまでよりも活躍するフィールドが増えます。鉄道分野のみならず、ぜひとも北海道の未来のために頑張ってほしいです。











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コメント
8452: by ハマヒデ on 2019/04/10 at 10:57:59

悲しいですがこれが現実ですね。
江差線の末端区間もすんなり決まったように感じました。一方で日高本線のように激しく反対する路線もあり、その違いはどこからくるのでしょうか?

8453: by シニアパートナー on 2019/04/10 at 11:17:01 (コメント編集)

「兵どもが夢の跡」ですね。
こうやって誰もいなくなった廃線のあとを記録しようとする管理人様の姿勢に敬服します。鉄道を本心から愛していないとなかなか出来ることではありません。

夕張線の場合、炭鉱とともに誕生した路線ですから、炭鉱がなくなれば廃線になることは必然とも言えます。よくいままで持ちこたえたなという印象はあります。JR北海道が認定した不採算基準(利用者数)は、国鉄民営化整理の際の基準よりも緩いものであることは確かです。この辺をきちんと直視しないと議論が前に進みません。

最後に思い出話を。
清水沢駅の写真は、新夕張(紅葉山)の方を向いて撮られていますね。この駅は駅舎側に三菱大夕張鉄道のホームがあり、何本かの側線を挟んで夕張線のホームがあるという国鉄ホームが駅舎から遠い不思議な駅でした。石炭輸送優先の配線になっているからでしょうね。大夕張鉄道は駅舎側から発車すると左に大きくカーブしながら山あいに消えていきました。

8455: by 管理人 on 2019/04/11 at 02:02:26

>>「ハマヒデ」さん、コメントありがとうございます。

江差線と夕張支線はすんなりと決まりましたね。留萌~増毛間もすんなり決まりましたが、管理者としてはいいように踊らされた感じです。

不採算路線に反対している自治体の住民は悪くありません。ダメなのはトップの人間です。鉄道の問題のみならず、大きな改革を見いだせずに頑なに現状を維持しているようでは、その自治体の未来は何もないです。古い人間がいつまでもトップに居座り続けるのではなく、新しくなる知事のような若い人の発想力、行動力が求められていると思います。

8456: by 管理人 on 2019/04/11 at 02:27:23

>>「シニアパートナー」さん、コメントありがとうございます。

3月最後の週末は人で賑わった夕張市ですが、1週間経過するだけで閑散とした状態になってしまいました。あの賑わった夕張がまるで夢のような感じです。

多くの人間がヘッドマーク付き3両編成が目当てでその後のことはどうでもいいという人間がほとんどでしょう。管理者の場合は攻めの廃線という姿勢に、夕張支線には特に特別な思いがあります。あとは何度か訪問して人との縁があったこともあり、おそらく今後も何度か足を運ぶと思います。

北海道で過去に廃止した路線の多くは、石炭産業で栄えた路線ばかりです。産業が衰退すれば用途はなくなりますから廃止するしかありません。ちょうど道路網の整備が進み、自家用車が普及して鉄道の用途がさらに失われていたことも理由の1つだと思います。

JR北海道の民営化直後の姿勢には、いまだに管理者は疑問点がいくつかあり、不採算路線の定期的な整理にしても、かつての仮乗降場をほぼ全て駅へ昇格させたことも、なぜそのようなコストのかかる方向性に進んでいったのか疑問に思います。

これを徐々に立て直すべく、不採算路線の整理を実施しています。かつて廃線になった地方交通線は2000人以下が対象だったと思いますが、それが現在のバス転換基準は500人未満に緩和されていたはずです。手元にある資料を確認しながら、新しい知事も誕生し、今後はこの問題について触れていかなければならないと思いますが、このあたりは道も自治体も把握すべきだと思っています。

清水沢駅の写真は新夕張(紅葉山)方を向いて撮影しています。かつては大きいヤードがあり、2004年頃まで行き違い設備が設けられていたはずです。2004年以降順次行き違い設備が撤去され、駅構内の跨線橋も解体されてしまったので、駅舎とホームを結ぶ通路も中途半端な形で新たに設けられています。ネットで大昔の写真を確認していると、おそらく隣の鹿ノ谷駅にしても現在の道道38号線(夕張岩見沢線)とは反対側にメインとなる駅ホームがあったり、栄えている雰囲気があります。現在は反対に道道寄りの方が建物も豊富で栄えており、炭鉱の全盛期とはまるで違う夕張の光景に驚いた次第です。

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