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北海道の鉄道の内容を中心に自身の知識も含めながらブログの記事を日々更新しています。札幌市在住のため、主に札幌圏を走行する列車についての話題です。

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旧苗穂駅舎の解体終了

12月末で一昨年の11月で営業を終了した2代目苗穂駅舎の解体が終了しました。

完全に解体されるまでまる1年を要しました。直後に厳冬期が迫っていたため、解体に向けた準備等のみで、実際に解体に着手したのが昨年の春あたりからだったので、ここまで時間を要してしまったのも仕方がないといった感じです。





以前、9月までの解体の進ちょく状況をお伝えしました。10月に入ると、駅構内の跨線橋が解体され、ホームも一部を残して全て撤去され、ホームの柱が数本残っているような状態でした。



11月も引き続き工事は続き・・・







12月下旬には工事用車両やバリケードも全て撤去され、積雪も確認されて更地は一面真っ白になりました。引き続きロープで立ち入りは制限されていますが、見晴らしがよくなったことで、新たな撮影アングルが今後増えてくると思います。

旧苗穂駅舎がなくなったことで、苗穂運転所(札ナホ)の様子が確認しやすくなりました。でも、遠方からの確認になるので、車両を撮影するには不向きです。



実は過去に、閲覧者の方からコメントをいただき、苗穂地区もかつては路面電車が運行されていたようです。苗穂周辺を撮影していると、その資料を旧苗穂駅舎の目の前の交差点で見つけました。

大正7年(1918年)に札幌電気軌道として開業し、苗穂地区には苗穂線として大正11年(1922年)に旧苗穂駅までの区間が開業しました。その後、札幌市が電車事業を譲り受け、昭和40年頃には、1億人を輸送する市民の足として重宝されたようです。それをピークに、札幌市営地下鉄の開業や自家用車の普及によって昭和46年(1971年)に廃止になったようです。

苗穂の地名はアイヌ語で「小さな川」を意味する「ナイ・ポ」に由来しています。1860年代には、苗穂地区は札幌の開発の拠点として、後に新潟や山形などから36戸が入植し、苗穂村へと発展していくようです。

鉄道としては、明治42年(1909年)に現在の苗穂工場の前身となる鉄道院北海道鉄道管理局札幌工場が設けられ、翌年に苗穂駅が開業するようです。周辺には開拓使麦酒醸造所(サッポロビールの前身)や味噌醤油醸造所、北海道製酪販売(雪印乳業の前身)が設けられていきます。理由は、苗穂地区には至るところに湧水から流れた小川があり、大量の水を使用する工場の立地に適していたからです。

また、鉄道による原料や製品を輸送するために、鉄道の拠点だった苗穂地区に工場が集中して立地していきました。現在は普通列車しか停車しない駅になっていますが、苗穂地区が札幌の開拓の拠点であり、その歴史はとても古いのです。

そんな苗穂地区も新駅舎周辺には高層マンションが駅を挟むように設けられる予定です。北側の昇降棟周辺には病院等も設けられ、苗穂地区が急速に新時代に向けて突っ走っています。いわゆる昨今のコンパクトシティの展開で、苗穂地区も住みやすく、以前よりも明るいまちに生まれ変わることでしょう。

札幌市や江別市では郊外の宅地化が急速に進んでいます。苗穂地区の場合、高層マンションが複数設けられることで、これまでよりも利用が増えることが予想されます。なので、普通列車は今後重要な役割を担ってきます。今年3月のダイヤ改正で区間快速「いしかりライナー」の各駅停車化が実施されますが、理由は普通列車しか停車しない駅で需要が増えつつあるからです。

以前投稿した記事に記載しましたが、札幌~江別間であれば、苗穂駅は上述の理由、森林公園駅は駅周辺の宅地化と通学需要拡大、高砂駅も同様に周辺の宅地化が進みました。厚別駅周辺は近年特に大きな変化はありませんが、ほかの普通列車しか停車しない駅で需要が拡大しているのであれば、厚別駅も含めて各駅停車化に踏み切らざるを得ない状況です。

札幌~手稲間にしても、桑園駅は高層マンションが相次いで設けられていることや、通学、夏季は札幌競馬場へのアクセスがあります。発寒中央駅は目の前にショッピングセンターができました。発寒駅はイオンモールが設けられていることと、通勤需要が多いです。稲積公園駅も周辺の宅地化と週末には高校生がテニスの試合で利用が集中しますね。

苗穂地区の場合、他の札幌圏の普通列車しか停車しない駅から比べると、利便性という点で遅れをとっていましたが、今後は住みやすいまちに生まれ変わり、利便性という点で他の地区の駅周辺をあっという間に追い抜くでしょう。札幌の中心部から近いこともあり、鉄道利用のみならず、路線バスや、自転車通勤も増えるかもしれません。これまでよりも人の往来が多くなり、苗穂地区はますます明るくなっていくと思います。

新しい自由通路にしても、従来の鉄道のまちとしての苗穂を考慮した設計としてくれたのは管理者としても嬉しいポイントです。これまでの歴史的価値を考慮しつつ、鉄道のまちとして新たな苗穂地区がより明るく、元気になっていくことを期待しましょう。











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コメント
8852:苗穂は未来も札幌発展の地に by シニアパートナー on 2020/01/08 at 11:17:02 (コメント編集)

苗穂の歴史を紹介する案内板を興味深く拝見しました。苗穂は札幌産業発展の礎の地であったことがあらためて分かりました。

2020年は新生苗穂地区が未来に向かって羽ばたく年になりそうです。再開発による建設が本格化します。苗穂地区が他の周辺駅の再開発と違うのは、規模の大きさもさることながら、札幌駅東側の再開発と連続性があるからです。札幌駅から苗穂駅までの総合開発と考えたほうが分かりやすいと思います。

新幹線札幌駅のホームが創成川をまたぐように建設されます。これにより創成川から東側の東1丁目から6丁目辺りまで再開発や施設の建替え・移転の計画が目白押しです。
https://e-kensin.net/news/124225.html
東8丁目辺りはもう苗穂地区ですから、再開発はもはや点ではなく面の状態になると考えられます。

新幹線が開業するまでには周辺にオフィスビルもできると思われ、仕事と住居が至近距離にあり、医療と文教も兼ね備えたニューシティが誕生するのではないかと思います。

明治から大正期に産業発展の地であった苗穂が、あと10年程度の間で新たな札幌の顔として変貌することでしょう。

最後まで旧苗穂駅の記録を残して頂き有難うございました。

8853: by 管理人 on 2020/01/08 at 23:23:26

>>「シニアパートナー」さん、コメントありがとうございます。

札幌駅と苗穂駅はほぼ直線状にあります。ほぼ真っ直ぐ行けば、両駅にたどり着けます。

周辺も道路に並行して商業施設や病院が設けられています。南側の北3条通りはサッポロファクトリーや厚生病院、JR札幌病院があります。北側はアリオ札幌があり、北8条通りを真っ直ぐ行けば、札幌駅にたどり着けます。

現在の苗穂駅周辺はタワーマンションの建設はもちろん、南口昇降棟前に新たに信号機が設けられ、車両の出入りや人の横断がしやすくなります。北口昇降棟前も高層マンションの建設が進んでいます。

今後は札幌中心部と苗穂地区を双方で分けてみるのではなく、双方で一体となって新しい街並みができるのではないかと期待しています。

現在、札幌中心部と苗穂地区は双方の間で古い民家や建物も点在しています。今後タワーマンション建設で周辺環境も徐々に大きく変わっていくと思われ、そうした苗穂らしい風景も住みやすさとコンパクトシティ化で徐々に新しい施設に生まれ変わっていくと思います。

こうした時代に合った新しい苗穂に生まれ変わりつつも、鉄道の聖地としての機能も引き続き維持してくれたらと思います。

8854:すっかり更地に by 苗穂住民 on 2020/01/09 at 00:48:34

 こんばんは。旧駅は更地になり、跨線橋も無くなってしまいましたね。偲ぶことができるのは、旧ホームの架線柱くらいでしょうか。
 札幌方面の中継信号機は、駅舎撤去工事前に旅客用跨線橋から今の位置に移設されていました。白石方面の旧ホームは、中程から撤去され始めましたが、これは出発信号機の移設のためだったようです。以前は東出区線および5番線の出発信号機の隣に設置されていましたが昨年の8月7日頃に移設されたようです。職員用跨線橋は、最初に苗穂工場敷地にクレーンを入れてある程度撤去し、その後に写真の大型クレーンで旧駅側から撤去したようです。
 職員用跨線橋はその昔、工場・運転所公開時には通ることができました。床の一部が網目状で地面が見え、ちょっとスリルのある造りでした。そのうち公開時にも通れなくなりましたが、職員用としては旧駅終了時まで使っていたようです。

8856: by 管理人 on 2020/01/10 at 22:52:13

>>「苗穂住民」さん、コメントありがとうございます。

信号機移設のため、旧ホームは中央から順次撤去されていることは他の方から過去にコメントをいただいて教えていただきました。いつのまにか、苗穂運転所所属の乗務員が使っていた専用通路がなくなり、その様子をお伝えするのができなかった次第です。教えていただき、ありがとうございます。

職員の通路については、数年前に悪質鉄オタがそこで撮影を行っているとネット上に出回ったことがありました。最後に公開となった2012年はもう通路が使えなかったはずです。管理者も一度は通ってみたかったです。

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