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北海道の鉄道の内容を中心に自身の知識も含めながらブログの記事を日々更新しています。札幌市在住のため、主に札幌圏を走行する列車についての話題です。

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崎守埠頭に置かれているキハ183系初期車

先日、崎守埠頭に行ってきました。

いまだに留置されているキハ183系初期車の様子を見に行こうと計画していた矢先、港の前に移動したようです。残念ながら、柵に覆われてしまいましたが、久しぶりにスラントノーズ車に会うことができました。



周辺は何もありませんが、釣りのスポットらしく、釣り人たちに背を向けながら車両を撮影するような感じです。風は強かったですが、この日は快晴で釣り人の姿も多かったです。この時期は何が釣れるのでしょう?管理者は竿は持っているものの、誘われた際にしか行かないので、そこまで釣りに詳しいわけではありません。いつも浜益方面へ行ってしまうので、室蘭方面へは行ったことがないのです。



基本的に海側に先頭部がくるように置かわれていますが、逆側に回ると、先頭車化改造された「キハ183‐104」の姿が確認されます。柵と先頭部の位置が近く、上手く撮影できなかったので諦めました。











久しぶりにスラントノーズ車を撮影することができました。

これらの車両は、2017年3月ダイヤ改正を前に営業運転から撤退した車両です。3年もの間、海沿いにそのままの状態で置かれていると、やはり車体の老朽・劣化が激しいようです。







解体されずに残されているということは、輸出の検討がされているはずですが、現時点で北海道を離れる時期は不明のようで、しばらく崎守埠頭で釣り人の様子を見守りながらその時期を待っているようです。





以前掲載したコラム記事の資料ですが、これに該当するのが今回紹介しているスラントノーズ車を含めた0番台のグループです。長年北海道で使用していると、車体の老朽・劣化が激しくなるようです。そのような中で、古い部品は次々と生産中止になっていくので、新しい部品が供給できなくなれば、あとは修繕して何としてでも使いまわさなければなりません。

これらの車両を淘汰するためには、一部特急列車を旭川駅発着とせざるを得ませんでした。計画的に老朽化した車両を置き換えることはせず、高速化や利用の見込める列車や方面へ優先的に車両を投入していった結果、昨今のローカル線の問題と同様、網走方面などの高速化の見込めない方面や列車については、対応が後回しになり、古い車両がそのまま使い続けられました。結果的に、車両の老朽・劣化で多くの車両が寿命に達し、使い続けることが困難になり、運行体系を大幅に変更せざるを得なくなりました。

今後そうしたことは二度とあってはならないのです。車両を計画的に置き換えていかなければ、運行体系の再編によって利用客にもその影響が少なからず出てしまいます。

また、車両メンテナンス関連で過去にJR北海道が窮地に追い込まれた際は、キハ183系の中でも使用休止の対象にならなかったことで、定期列車の運休分をカバーした車両でもあります。15年から20年前まで「おおぞら」や「とかち」としても使用され、華やかだった時代もありますが、管理者は列車を記録するようになったのが「スーパーおおぞら」で火を吹いて以降になるので、スラントノーズ車については、JR北海道が大変な時期だった際に酷使され、それでも車両不足によって使い続けられた不運な車両というイメージが強いです。写真で見てもわかるとおり、長年酷使されて疲れ果てている様子が伺えます。

管理者はまだこの世に誕生していませんが、前身となるキハ82系特急気動車についても、老朽・劣化が激しく、同じような問題を抱えていたと聞きます。その頃はまだまだ国鉄全盛期であり、北海道には本州で使った中古車が使いまわしされていたとのことです。本州である程度使われた中古車が、さらに北海道という厳しい環境下で酷使されるわけですから、それはそれは老朽・劣化が激しくなりますよね。

それが苗穂工場だったり、北海道の鉄道の技術力が次第に評価されていく体系が生まれてくるのだと思います。

これまで引退してきた車両をみていると、やはり30年というのが大きな節目ではないかと思います。30年を超えても活躍している車両はありますが、ステンレス車体が採用されていたり、エンジン換装していたり、機器更新がされていたりして、何らかの形で途中で大きな更新がされています。崎守埠頭に置かれている車両もスラントノーズ車については、200番台化されてエンジン換装が実施されているので、フルオリジナルコンディションというわけではないんですよね。

登場当時はキハ40形気動車と同型の非力なエンジンを搭載していました。前身となるキハ181系の熱問題が解消されず、結果的に保守的な登場となってしまったことで、ここでもやはり不運なイメージがついてしまいます。ですが、JR北海道に継承され、高速化を背景にエンジンを換装し、一部車両は臨時用としても重宝されました。晩年は酷使されて死にそうな状況にまで陥りましたが、ここまで長年活躍できたことは少なからずJR北海道がこれらの車両を時間をかけて育てたことには言うまでもなく、フルオリジナルコンディションのまま活躍していたら、もっと早い段階で引退していたでしょう。


撮影当日は晴れて久しぶりに室蘭方面へ行ってきたので楽しかったです。撮影のオススメの時間帯は昼間です。順光で撮影することができます。新型コロナウィルスの影響で日中の「すずらん」で運休が発生しており、苫小牧~東室蘭間も室蘭方面に向かう際は午前中は本数が少ないです。札幌方面から向かう際は、そこまで距離も離れているわけではないので、本やスマートフォンを片手に乗車券往復割引きっぷだけを買って普通列車でゆっくり移動することをオススメしますよ。











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コメント
9260: by シニアパートナー on 2020/04/10 at 13:53:40 (コメント編集)

ここに置かれている車両群は、輸出される可能性があるのですね。

苗穂工場で別の183系車両が解体されている記事を拝見しました。人間と同じように誕生があれば終焉がある。世代交代は必然ではありますが、その歴史は大事にしたいと思いますね。

このキハ183系0番台は、キハ82系の後継車として登場し、仰せの通り性能的にも機構的にも保守的でありましたが、車内環境は大幅に改善され、電車特急と同等以上の設備になった最初の気動車特急です。

それまでの国鉄車両では、電車に比べて気動車のほうが社内設備が簡素化されているのが普通でした。例えば座席の仕様やカーテンの有無などです。気動車は全般的に高コストのため、どうしても社内設備を省略する必要があったのですね。それを払拭したのがキハ183系だったのです。

約40年近くの長きにわたり、ご苦労様と言いたいですね。個人的に自分の人生と重ね合わせる部分もあり、気象条件の厳しい中よく頑張ってくれたとエールを贈りたいと思います。

9265: by 管理人 on 2020/04/13 at 00:00:37

>>「シニアパートナー」さん、コメントありがとうございます。

おそらく輸出されると思いますが、まだ予定が決まっているわけではありません。しばらく写真の場所で置かれるようです。

人も出会いがあれば別れもあります。キハ183系初期車の残した功績は大きく、例えば車両メンテナンスを改善のために大きく貢献した車両だったと思います。同車によって、北海道で特急気動車を使用する場合、30年をめどにすることや、計画的な車両の置き換え計画などが定められたと思います。

キハ183系の車内設備は、デビュー時は従来の気動車と比べると改善されており、保守的な動力を得た反面、車に設備については当時の最新・最高のものが取り入れられたのではないでしょうか?

そんなキハ183系もトマム方面でリゾートブーム到来によって設備が陳腐化し、内装更新や2階建車両を新製してグレードアップを図りました。同時に高速化が推進され、機関も更新されてJR化以降は設備も走行機器も完全に特急用になり、マイナーチェンジ車については、最新の特急気動車に負けない高速性能を手に入れました。最終的にはJR北海道が育て上げ、初期車については40年弱にわたって活躍しました。

一部は安平町で保存されています。北海道という厳しい環境下で40年弱にわたって活躍しました。キハ183系の一部が使えなくなったときもピンチヒッターとして活躍し、宗谷線特急の代走でも多く活躍しました。JR北海道が大変だった時期もその汎用性を生かして活躍しました。そういった点では、北海道の鉄道に残した功績は非常に大きいと思います。

9679:承認待ちコメント by on 2020/09/04 at 04:42:40

このコメントは管理者の承認待ちです

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