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北海道の鉄道の内容を中心に自身の知識も含めながらブログの記事を日々更新しています。札幌市在住のため、主に札幌圏を走行する列車についての話題です。

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旭川発稚内行き普通列車(321D)

旭川駅から真っ直ぐ稚内駅へ。「宗谷」や「サロベツ」以外にも直通する列車があるのです。





それが旭川駅を6時03分に発車する稚内行きの普通列車です。旭川駅では、「宗谷」・「サロベツ」以外で唯一「稚内」と表示する列車だと思います。所要時間は6時間05分。稚内駅到着は12時08分です。フリーパス等での利用も多い列車で、「宗谷本線 321D」と調べれば、ネット上で多く検索がヒットしますよ。

時刻表上で宗谷本線の欄を確認すると、とにかく上から下まで時刻がずら~っと記載されています。残念ながら、北永山駅と南比布駅といった一部の旧仮乗降場だった駅には停車しないので、宗谷本線の全ての駅に停車するわけではありませんが、乗り換えナシで宗谷本線全線を乗ることができる唯一の普通列車です。





この日は、旭川方に「キハ40-1761」、稚内方に「キハ54-503」が連結されていました。

同列車は分割を伴う運用で、本当に稚内まで目指すのは稚内方先頭車の「キハ54-503」だけです。後方の「キハ40-1761」は途中の名寄駅で切り離しとなります。旭川駅からの乗務員も名寄駅までです。



旭川駅を発車していきました。名寄駅までは平日は学生利用が多いようです。

営業キロで259.4km、換算キロで285.3kmを走行する列車です。日本全国でも長距離を走行する普通列車の部類に入るはずです。旭川・名寄方面から稚内へ一番早い時間帯に到着する列車で、特急「宗谷」よりも早い時間帯に稚内駅に到着します。

両者では旭川駅発車時点で約3時間の時間差がありますが、稚内駅到着時は32分まで縮まっています。さすがの高速特急気動車も3時間の時間差が生じてしまえば、遅いローカル列車も捉えることができないようです。

撮影日は休日で、利用は数人程度でした。一度見てみたかった列車なので、見れてよかったです。さすがに6時間強を乗る勇気はありませんが、路線の距離が長い北海道ならではの列車だと思います。

皆さんも時間があるときに(というか、時間がある人でなければ無理)6時間の旅をチャレンジしてみてくださいね。











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コメント
9567:こんばんは(*^^*) by らんちゃん on 2020/07/21 at 19:42:33 (コメント編集)

旭川からのこの始発(最終も。あっ、こちらは名寄で乗り換えですね(^.^))、18きっぷで数回乗っています。豊清水でのサロベツ2との交換や、幌延での数十分の停車での駅前散策が、大好きです。
数日後にも乗るのですが、この時は、すごい久々の特急で。ありがたいきっぷですわ・・・楽しみにしているところです(*^^*)

9571: by 管理人 on 2020/07/22 at 22:28:03

>>「らんちゃん」さん、コメントありがとうございます。

親戚にも18きっぱーがいます。321Dで稚内を目指したことがあると聞いています。

宗谷本線は長距離路線且つ、起点となる駅が少ないので、長距離を走る普通列車が多いです。接続が悪い箇所もありますが、石北本線よりは普通列車のみで移動しやすいのではないでしょうか。

特急は早くて3時間40分ぐらいでしょうか。普通列車が6時間で走るとすると、だいたい半分くらいです。速度制限を途中から受けるとはいえ、特急の速さは格別ですね。

コロナに気をつけて楽しんできてくださいませ。

9575:第321列車 by 主水 on 2020/07/23 at 18:51:05 (コメント編集)

初めてコメントします。よろしくお願いします。

この321D(名寄で列車番号が変わりますが)、「321」という数字を見てある列車を思い出しました。それは同じ旭川→稚内でDD51形(さすがにC55形時代は知りません)が客車を牽引して運転されていた普通列車(いわゆる鈍行列車)です。

1982(昭和57)年11月ダイヤ改時の321レの時刻は、手元の時刻表(日本国有鉄道の業務資料用、国鉄監修交通公社の時刻表ではありません)よれば以下の通りです(現在、特急が停車する主な駅のみ記載)。

旭川1129→1224和寒1224→1243士別1249→1314名寄1323→1403美深1403→1456音威子府1523→1607天塩中川1607→1719幌延1725→1749豊富1749→1902南稚内1902→1907稚内

所要時間は7時間38分で、現在の321Dの6時間5分より1時間半以上かかっていますね。途中の音威子府駅で27分間停車しますが、後続の急行「天北」に抜かれます。当時は2・3番ホームの立ち食いそば屋が健在でした。編成は旧形客車2両(後に50系51形1両)に郵便車1両と荷物車1両です。国鉄時代は郵便や荷物輸送のために、道内では函館線(山線経由)、根室線、石北線などにこういう客車列車が運転されていました。

この321レ、2回乗車したことがあります。1回目は1983年8月27日(土)で、乗車区間は旭川→稚内の全区間、ハコはスハフ42 512です。稚内到着後どうしたのかと言いますと、宿泊しないで夜行の急行「利尻」で札幌へ戻りました。きっぷは「北海道ワイド周遊券(のB券」でしたので、車中泊です。2回目は1884年5月31日(木)で、乗車区間は旭川→名寄、ハコは「RED TRAIN」ことオハフ51 38です。

オジサンの昔話になってしまいましたが、「ああ、昔はよかったなあ」とか「どうだ、うらやましいだろう」と言う気持ちは毛頭ありません。人間、生まれる時間と場所は選べませんし、この世に生を受けているだけでもありがたいと思わなければなりません。長文。失礼しました。

9578: by 管理人 on 2020/07/24 at 22:30:59

>>「主水」さん、コメントありがとうございます。

貴重なお話をありがとうございます。321レに乗られた時期からすると、夜行の優等列車が客車化され、昼行の優等列車も客車化がまもなく開始するという時期あたりでしょうか?種別は異なれど、普通列車から優等列車まで客車で溢れ、宗谷本線はまさに客車の黄金期のような時代だったと思います。

管理者も昔の列車の方が好きです。編成の自由度、それに伴うごちゃごちゃ感が好きです。時代が進むにつれて合理化によって編成は統一されていきました。H100形が投入されると、どの列車を眺めていてもほぼ同じような光景で走り去っていくのでしょう。

物事を大きく変えることは、良い点もあれば悪い点(劣る点)も出てきますし、推進派もいれば反対派も当然います。それは仕方のないことで、その制約の中で列車を利用する、または記録していくしかないのです。いただいたコメントの内容もその当時だからできたことであって、現在は安全等の観点から、同じことをやろうとすると制約されることも多々あると思います。例えば、列車の窓から顔を出したりすることは、古い鉄道のDVD等を拝見する限りでは当たり前の光景ですが、現在は注意されるでしょう。しかも冷房装置がつき、窓の開閉ができない車両が増えています。

その代わり列車が速達化し、新幹線もできました。早く移動できるという点では、現在の方が優れています。どの時代においても、時代ごとの比較をしてもケースバイケースだと思います。

それでも、1980年代~1990年代は管理者の体験したことのない未知の世界です。一度でいいからそうした不便な時代、列車が遅い時代も体験してみたいな、という気持ちがあります。体験したことがないからこそ、本やこうした体験談で教えてもらうしかないのです。

今後も引き続き、当ブログをよろしくお願い致します。

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