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北海道の鉄道の内容を中心に自身の知識も含めながらブログの記事を日々更新しています。札幌市在住のため、主に札幌圏を走行する列車についての話題です。

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北海道で生き残っている583系

特急「宗谷」と特急「サロベツ4号」に初めてキハ261系5000番台はまなす編成が充当された際に行ってきた場所。





トロッコ王国がある美深町仁宇布(にうぷ)。美深市街から地図で右にしばらく行くとある場所です。事前にWikipediaで調べていくと、人跡の稀な地帯をひたすら進むということで、到着するまでは不安でしたが、ナビの通りに進んでいくとたどり着けました。

施設については後日お伝えしますが、実は当日思いつきで急遽行きました。名寄駅周辺で特急「宗谷」撮影後、暇を潰そうと思っていましたが、キマロキを見物してきても、返しの特急「サロベツ4号」まで6時間弱暇だなぁ~と。

先日お伝えした宗谷線急行気動車風塗装車も旭川へ戻る列車についても撮影したかったので、どうしても名寄にとどまる必要があったのです。

ということで、急遽名寄駅前からレンタカーを借りて行くことができました。この話の続きは、後日トロッコ王国について別にお伝えしますのでその際に。





保存状態が悪いと聞いて行ってみると、厳冬期に備えた冬囲いが行われていました。おそらく、一度お色直しが実施されたと思いますが、車体の一部を確認すると、錆びていて残念な感じに。トロッコ王国は春先にリベンジですね。

車番は「サハネ581‐19」です。北海道で583系で運行した列車はありません。実は国鉄分割民営化と同時期に本州で使用していたサハネ581形(14~19・36)7両が渡道しています。そのうちの1両です。これらの車両は全て当時の青森運転所に所属していた車両です。

先頭車は渡道せず、しかも中間付随車という、今となっては何のために渡道してきたのか不明な点が多いです。おそらく、改造種車としての使用を想定したものだったと思いますが、車体の老朽化が進行していたことから、結局使われずに1990年に全車が廃車されます。



その中で、「サハネ581‐15」については、クリスタルエクスプレスに連結されていた2階建車両「キサロハ182-5101」の台車へ流用していました。同車は昨年まで活躍した車両ですから、現車は残存せずとも、その一部が車籍抹消から30年弱を経ても使用されていたわけですね。

管理者が事前に調べた限りでは、トロッコ王国に保存されている車両以外にも当時解体されなかった生き残りが道内にいたようです。保存先の場所は登別と鵡川です。

前者は「いなか村ログハウスゴルフ練習場」です。グーグルマップのストリートビューで調べてみると、最新版でもその存在を確認することができました。おそらくまだ残っていると思われ、いつかクラブをもって確認しに行きたいですね。

後者については、むかわ町の米原という場所のようです。国道235号線から見えるという情報もあります。写真を調べると、後に下のレールが撤去され、車体はひっくり返しに。その後は完全なスクラップと化しているようです。こちらも見に行ってみたいです。

ということで、車体が残っているのは美深の仁宇布と登別の2箇所だけだと思います。程度が良いのは、おそらくトロッコ王国の仁宇布の方ではないでしょうか?

ぜひともブルーシートがかかっていない真の姿を確認してみたいものです。実は管理者が583系の実車を確認したのは、今回が初めてです。

もちろんJR東日本にも在籍していた車両で、ときには「はつかり」や「かもしか」の代走として青森駅まで乗り入れていたと思います。但し、E751系と同様、青函トンネル通過に必要な保安装置(ATC-L型)は装備されていなかったと思われ、「はつかり」として道内へ渡道した実績もないと思います。北海道の目と鼻の先まで583系がやってきていたんですね。

同車も合理化を図って製作された車両です。客車列車として高速化に限界があったというのも背景の1つですが、需要増に伴い、車両基地の容量不足という問題が浮上しました。そこで、昼は昼行特急として、夜は寝台特急列車として昼夜兼用の車両として開発されました。

そうした合理化を図ったうえでの問題点も浮上しました。例えばボックスシートを採用していましたが、後々登場する特急車両は簡易リクライニングが装備されており、アコモの陳腐化が急速に進んだこと、座席や寝台転換時に作業員を多く要する(人的コスト負担)こと、空間上、中段と上段が窮屈になることなどが上げられます。そして、時代とともに優等列車の廃止や削減が進むと、今度は余剰車を大量に生み出し、普通列車用に改造されるグループも生まれ、主に東北、北陸、九州で活躍しました。

普通列車として改造しても、元々が特急用という性格から、定員数や2ドア車ということが欠点となり、主に通勤時間帯での使用を難しくしました。国鉄分割民営化後も活躍しましたが、北陸を除いて比較的早い段階で後継車両に置き換えられています。

最後はJR西日本とJR東日本で活躍し、前者は急行「きたぐに」や臨時列車、後者も臨時列車や代走などで使用されたと記憶しています。

管理者としては、国鉄形車両としては好きな車両であり、583系のノウハウを生かした車両が昨今においても非常に少ないですよね。285系のサンライズ車、トランスィート四季島、トワイライトエクスプレス瑞風が該当すると思います。一部は電車と気動車という違いはありますが、いずれも機関車に頼らない自走が可能な車両です。もっと自走可能な寝台列車が登場してもよかったと思いますが、夜行需要がそもそも減少していたことで、実現には至らなかったのでしょう。

また、広大な室内空間を持たせつつ、自走可能な機器を床下に搭載することは、現代の最新技術を駆使してもスペース上難しいのかもしれませんね。

ということで、話題は逸れてしまいましたが、北海道に渡道し、今もなお保存されている583系を紹介しました。今回は残念ながらブルーシートに覆われた状態での確認でしたが、いずれリベンジしたいと思います。











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コメント
9854:嗚呼583! by 天寧 on 2020/12/07 at 19:24:25 (コメント編集)

こんばんは。
苗穂に留置されていた583、覚えていますよ。
平成元年4月に苗穂駅構内で撮影した急行〈天北〉のバックに入っておりました。
函館生活が長かった私にとって583系は比較的身近な存在でした。毎年2回ほど南部縦貫鉄道に乗りに行ってましたが、行きの〈はつかり〉はたいてい583でした。盛岡まで通し乗りもあります。
寝台として利用したのは1回だけで平成4年5月に〈ゆうづる3号〉で乗った時。下段寝台は幅が広く快適でした。
あとイレギュラーな利用としては平成17年9月の〈ムーンライト仙台〉。東京に移転してから乗ったもので、座席車として運転されましたが乗客が極端に少なく、座席を寝台に変えてのんびりと東京(京葉線)~仙台間を・・。
ボックスシートは不評だったようですが、私は結構好きでしたよ。
仁宇布の583は初めて知りました。現役当時を知る者としては違和感が残りますが、貴重な車両だけに大切に保管していただきたいですね。

9855: by ハナ on 2020/12/07 at 22:03:18 (コメント編集)

初めまして。当時高校生でしたが苗穂に暫く置かれていたのを覚えてます。北海道に渡った583系おそらく精算事業団から半ば強引に引き継がされたのかな?と思いました。
結局は使い道無く残念な結末になりましたが仁宇布にある583系は外観こそ状態悪いけど去年に行ったときは夏季は車内も入れます。
現役時代は実現できなかった通路を挟んで寝台と座席にセットされてました。車内が高い空間は今の車両には無い独特の雰囲気は健在です。
583系。もう全車廃車になり語り草にしかなりませんが今でも好きな車両のヒトツです。

9858: by シニアパートナー on 2020/12/08 at 16:31:35 (コメント編集)

583系がなぜ名寄にあるのですかね?
宿泊できるような施設にする計画があったのですか。旧根室本線にある旧列車ホテルを思い出させます。

話を大昔に遡ると、583系は上野発の「ゆうづる」でお世話になりました。朝5時台又は7時台に青森に到着、青函連絡船を介して、函館発9時台、11時台の特急に接続し、札幌に13時台、15時台に着く格好でした。

9859: by on 2020/12/09 at 00:21:15

>>「天寧」さん、コメントありがとうございます。

北海道からみて、目と鼻の先までやってきていたので、管理者も見ておけばよかったと後悔しています。但し、東北新幹線が八戸まで延伸開業する前まで活躍が多かったと思われ、その頃はまだ管理者は小学校の低学年。今でこそ予定を立ててすぐに行けますが、小学生で東北まで行く旅費はけっこう高額ですよね。

ほかにも、「はくつる」や「ゆうづる」として青森に乗り入れていたと思います。後者は廃止時が583系だったと思います。首都圏の通勤ダイヤを考慮し、通勤時間帯が始まる前に朝到着するという少々不便なダイヤだったと記憶しています。廃止時も全盛期の本数の半分ぐらいにまで落ち込んでいたと思います。

映像などで確認している限りでは、昼行特急として使用するには、屋根が高くてボックスシートも使い勝手がよさそうな雰囲気でした。長大編成を組んでいたこともあり、利用客も程よく分散されていたのかもしれません。

管理者も複数の方からコメントをいただいて調べてみましたが、かつて宿泊施設として車両を使用していたようです。現在はそのようには活用されず、専ら観賞用のようです。

日本一の赤字路線と583系は全く縁もゆかりもないのに、管理者も不思議に思っていました。もしコメントをいただいていたら、調べていなかったと思います。ありがとうございます。

9860: by on 2020/12/09 at 00:27:04

>>「ハナ」さん、コメントありがとうございます。

初めまして。

何か特別な事情もありそうですよね。自走可能な車両でもないし、かといって他の車両と併結して使用できる車両でもない、、、。

結局クリスタルエクスプレスの2階建車両に台車だけ活用されて終わりました。

展示車両は観賞用だけかと思いましたが、中も見れるんですね。初めて知りました。調べたら、かつて車両を使用して宿泊施設としていたようです。

ぜひとも先頭車も見てみたいですが、九州などに行かないとダメみたいですね。

9863: by on 2020/12/09 at 00:53:55

>>「シニアパートナー」さん、コメントありがとうございます。

正確には美深ですね。調べてみると、元々宿泊施設として活用していたようです。

「ゆうづる」は上野~青森間で「はくつる」と同じですが、常磐線経由だったはず。首都圏へ向かう便については、通勤時間帯を避けて運行していたようで、少々不便なダイヤだったと10年以上前に映像資料で見たことがあります。

現在は東京6時半ごろの「はやぶさ1号」に乗れば、道南の函館エリア(新函館北斗駅)には11時前に着き、夜行と青函連絡船の長旅分はそこで追いついてしまいます。そこから特急「北斗9号」に乗れば、15時前に札幌に着きます。

これなら、夜行列車の役割はなくなってしまいますよね。

でも、新幹線は高いです。北海道内を移動するだけでも、指定席をとらないといけません。「つばめ」や「こだま」のような列車がほしいです。移動は早くなりましたが、そこが改善してほしいところです。

9865: by 天寧 on 2020/12/09 at 21:36:55 (コメント編集)

こんばんは。
申し訳ありません。コメントに誤りがあったので編集したら「認証待ち」になってしまいました。
9854のコメントの再認証お願いします。

管理人様は2002年頃にまだ小学生低学年だったのですね。
まだお若いのに知識や洞察力がすごいのには驚かされます。
私など、北見駅でC58を見た人間ですのに最近の北海道の鉄道事情には全く付いていけません。

9868:583系の思い出 by 苗穂住民 on 2020/12/09 at 22:40:53

 こんばんは。登別市富岸町にある亀田記念公園には何度か足を運んだことはありますが、その奥のほうにゴルフ練習場があり、そこに583系の廃車体があるとは知りませんでした。

 583系には1992年の春に「はつかり11号」(普通車指定席)、1994年の春に「はくつる1号」(B寝台下段)、1996年の夏に「臨時急行津軽(下り)」(B寝台下段)で乗りました。津軽は奥羽線福島~山形間が標準軌になっていたので仙山線経由だったと思います。横手で降りて、北上まで秋田リレー号に試し乗りしました。「はつかり」は9両編成、「はくつる」と「津軽」は10両編成でした。
 583系の普通席はボックス席でしたが、大きかったのでゆったり乗れたという記憶があります。改造車の715系1000番台(1991年の春に東北線の普通列車で乗車)はロングシートもありましたが、ボックス席は特急と同じだったと思います。B寝台下段はボックス席を寝台にしたものなので客車B寝台に比べて幅が広くてよかったです。高さは上中段に比べればややありましたが、客車2段寝台に比べれば低く、頭を何度かぶつけましたね。1997年の夏には「はくつる(下り)」に乗りましたがその時は客車2段寝台でした。

9869: by on 2020/12/10 at 22:43:34

>>「天寧」さん、再度コメントありがとうございます。

再度承認致しましたので、よろしくお願いします。

管理者もけっこう間違えます。基本的に資料片手に記事を作成していますよ。

小学生ぐらいの頃が一番ワクワクしていました。初めて青森方面に鉄道で行ったのが中学3年の修学旅行ですから、鉄道雑誌の風景を実物で見たときは嬉しかったですよ。鉄道という趣味を隠し、学級代表だったので心のうちでしか叫べませんでしたよ。

管理者も本州の鉄道事情はほとんど知りません。北海道の鉄道限定だから、こうした形でお伝えできていると思います。今後もよろしくお願いします。

9872: by on 2020/12/10 at 23:08:49

>>「苗穂住民」さん、コメントありがとうございます。

実は今回管理者も調べて生き残り車両が仁宇布だけではないと知った次第です。管理者はむかわ町のスクラップの方が気になります。

そういえば、急行「津軽」も485系化前に充当されていましたね。利用が傾き始めた頃だったと思います。数少ない急行列車への充当だったと思います。

2段寝台も可能だということは初めて知りました。ほとんど3段の写真しか出てこなかったので、寝台で使うには不便も強いられる場合があると思ってました。教えていただき、ありがとうございます。

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