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仁宇布のトロッコ王国と日本一の赤字路線

キハ261系5000番台はまなす編成が初めて宗谷本線で営業運転に使用された11月中旬。美深町仁宇布(にうぷ)に行ってきました。



急遽レンタカーで。

以前お伝えしたとおり、名寄駅前で特急「宗谷」を撮影したのはいいものの、折り返しの時間まで暇になってしまいました。キマロキでも見て暇を潰そうと思いきや、それにしても暇だと。

そこで、トロッコ王国のある美深町仁宇布まで往復できないかと思い、名寄駅周辺で聞いていると、美深町を通り越して恩根内までの路線バスはあるものの、美深町市街から仁宇布までのバスが事前予約制で、しかも日曜運休ということで諦めていたところ、駅前にレンタカー屋があり、夕方までに旭川駅前に返却するという条件で特別にお借りし、急遽行くことができました。

しかも借りれたのは新車のトヨタ・ヤリス。先代モデルは「ヴィッツ」です。

コンパクトカーとは思えない操安性の高さ。それは昨今流行りの「GRヤリス」で証明されています。この手のコンパクトカーだと、スズキ・スイフトと操安性はいい勝負ができそうです。但し、動力性能的にはスイフトの方が上です。いずれも乗車中は狭いし圧迫感がありますが、操安性や剛性については、200psぐらいまで出力を上げても問題なさそうな感じでした。

「GRヤリス」は、名前こそ「ヤリス」ですが、トヨタのTNGAプラットフォームは一緒でも一部で格上のカローラなどが使うものも採用されているので、中身は全く別の車。色々と調べていると、iMTもノーマルの「ヤリス」と比べて耐久レースで鍛えられているものが採用され、ハブもけっこう強いようです。中身だと往年の名車、三菱・ランサーエボリューションに似た部分もあります。

Instagramの方でよく閲覧する海外のランエボユーザーの方がいきなりGRヤリスに乗り換えているなど、評判は上々のようです。ネット上の動画も見ていると、まずもって高評価が得られる車です。

しかも、攻撃的なエクステリアの割には、シニア層の需要が多くあり、50代や60代の方の保有率も高いとのこと。荷物を積めるコンパクトカーとしてみるならホンダ・フィットですが、そうでなければ、ヤリスで十分です。





話題は逸れてしまいましたが、トロッコ王国の様子です。

事前に調べないで行ったので、冬季休業になってしまっていました。来年にでもリベンジしたいです。



実は、かつて美幸(びこう)線の仁宇布駅跡に設けられたのです。35年前、ここは美幸線の終着駅でした。



美深方を見ます。春先になれば、またトロッコが線路を走るようになるでしょう。管理者も一度見てみたいです。



トロッコ王国前には記念碑もありました。

「美」は美深町の美、「幸」は北見枝幸の幸で美幸線です。元々は北見枝幸まで結ぶ計画があった路線でした。同線の目的は、北海道北部開発の拠点であった北見枝幸と宗谷本線を短絡する目的で計画された路線です。また、札幌や旭川といった大都市へも、美幸線がなければ、興浜北線が天北線の浜頓別駅に接続して南下するルートか、全通が予定されていた興浜線が雄武(おむ)で興浜南線に接続し、興部で名寄本線に接続する2通りがありましたが、いずれも遠回りで長年にわたって請願が続けられていました。

1976年に全線開業予定でしたが、1979年に完成間近で工事は凍結され、全線開業には至りませんでした。路盤がほぼ完成していた北見枝幸~歌登間を先行開業させる動きも一時ありましたが、興浜線などのように分断されたままになることを危惧した沿線は、あくまで一括開業にこだわり、結局開業することなく廃止されました。

元々は北見枝幸と札幌や旭川を短絡する目的の路線だったため、部分開業は想定されておらず、既開業区間の輸送は極めて少なく、国鉄最悪レベルの赤字路線となりました。営業係数(100円の営業収入を得るのにどれだけの営業費用を要するかを表す指数)も晩年は4,731、輸送密度は24人/日でした。

実際に並行する道路を走ってみると、途中駅があった場所でも民家(農家)は数軒で、原則として民家がない場所をゆく路線でした。もちろん、1981年に第1次特定地方交通線に指定され、1985年9月17日に廃止されました。

この第1次特定地方交通線に指定された際にも、よく美幸線は九州の添田線と比較されることがありますが、添田線は1日の利用者は200人を上回っていたのに対し、美幸線は第1次特定地方交通線の中で唯一、1日の利用者が100人を切っていた路線でした。

100円の収入を得るのに、5,000円弱損失しなければなりません。


極端な例ですが、皆さん、そのような状況でも鉄道は本当に必要でしょうか??






仁宇布は小集落があるのみです。人は歩いておらず、数分に一度車が1台走り抜けていきます。あくまで通過点です。コンビニもありません。

美深市街までは20km以上あります。仁宇布在住の方は、果たしてどこまで日頃買い出しに行くのでしょうか??やはり美深市街まで車を走らせているのでしょうか??毎回がちょっとしたドライブです。

こうして、かつての廃線を見に行くと、本当に鉄道が必要なのかどうかがわかります。鉄道の使命は「大量輸送」にありますから、この使命が果たされない以上、役割を終えてもよいのです。

美幸線は短絡目的でしたが、北海道の場合、石炭産業などの維持拡大のため国策で鉄道が敷かれ、人口密度を度外視して鉄道ができた歴史的経緯があります。しかも戦争の時期と重なり、不要不急路線としてレールが撤去、開業が先送りされ、結局は工事が凍結のまま廃止になったり、開通しても今度は過疎化や沿線産業の衰退、トラック輸送へシフトされるなどで鉄道路線としての意味がなくなり、結局短命に終わってしまった路線がほとんどでした。

国鉄敷設法が施行された当初は、北海道は道路が普及していなかったと思われ、産業の推進と合わせて道内に細かく路線が敷かれていったと思います。しかし、道路が急速に普及し、輸送手段としてトラックが急速に普及すると、輸送コストのかかる鉄道は敬遠され、産業の輸送のために生まれた路線は使命を終えていきました。

なので、万が一にもそうした産業のために生まれた路線を維持していくためには、やはり沿線人口を増やし、定期的な利用者を確保するしかありません。現状ではとても難しいことです。

北海道では、路線の廃止の動きが示される度に、JR側と路線廃止反対側に対立する動きが見られます。JR側を擁護するわけではありませんが、JR北海道が実施している路線の整理は、国鉄時代に実施されたものからすると基準は低くいです。そして、北海道では、そうした産業優先で人口を度外視してできた路線もあることを踏まえたうえで、今後も調整してもらいたいと思います。











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コメント
9963: by 若潮 on 2020/12/30 at 12:14:41 (コメント編集)

美幸線の輸送量は、仮に沿線に交通弱者がいたとしても、コミュニティバスでも手に余り、個別にタクシー利用してもらって助成金を出したほうがいいレベルだったわけですね。
拠点間短絡という目的があるにせよ、人口希薄地帯の場合はやはり後の石勝線や野岩鉄道のように全線一括で開業し、駅も最小限にするしかなさそうです。

9964: by ハナ on 2020/12/30 at 20:40:04 (コメント編集)

仁宇布のトロッコは三笠や陸別より楽しいですよ。
橋を渡ったりするのでスリリングで運が良ければ鹿やリスめ見れます。方向転換はターンテーブル式じゃなくΩ状のカーブで自走して急転回するので遠心力やレールの軋みが体験できます。

仁宇布は町外れとは言え小中学校があります。
流石に地元住民は僅かですが山村留学で子供達が居ます。
町営住宅に住んでるみたいですね。
廃線当時は仁宇布の営林署に通う人と美深の保育所に通う子供が定期利用者が存在しました。YouTubeで検索すると廃止最終日の様子のドキュメンタリー番組の一部が上がってます。

9974: by 管理人 on 2020/12/31 at 18:11:41

>>「ハナ」さん、コメントありがとうございます。

トロッコは一度乗ってみたいです。かつての橋梁も何カ所か通過して体験できるので、三笠などよりも面白そうですよね。しかも距離もけっこう長そうでした。

仁宇布は学校らしき建物は確認できました。中学校までは大丈夫ですが、高校通学となれば大変そうです。デマンドバスで対応すると思いますが、かなり不便な場所です。

進学や就職等で仁宇布から離れる子どもも少なくないでしょう。いずれ消滅集落になりそうな気がします。Youtubeでその様子を確認できるとは知らなかったです。年明けに確認したいと思います。

今年もありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

9975: by 管理人 on 2020/12/31 at 18:19:43

>>「若潮」さん、コメントありがとうございます。

距離が短いとはいえ、1日の利用者が30人いかない末期の利用程度では、もうバスで十分ですよね。ここまで利用者が少なければ、それこそ利用者の自宅前まで送迎する輸送体系でも問題なく実施できそうです。管理者がブログ記事で何回か記載している戸口から戸口への移動です。

おそらく、現在の石勝線のような感じで計画されていた路線だったと思います。それが美深(新夕張)側から仁宇布(占冠)あたりまでしか開通しなかったというイメージです。石勝線も寸断されて、占冠あたりまでだったら、新夕張を含めて残す理由はほとんどなくなると思います。

新幹線でない限りは、短絡ルートの場合は一括開業にした方がよさそうです。新幹線も倶知安まで先行開業させる話もありますが、利点はほとんど得られないと思います。やはり札幌までの一括延伸開業にこだわるべきです。

あと10年後ぐらいですか?楽しみですね。

今年もありがとうございました。来年もよろしくお願いします。

10010: by シニアパートナー on 2021/01/06 at 11:14:14 (コメント編集)

1980年ころ、当時の美深町長が日本一の赤字線を逆手に取り、東京銀座で美幸線の切符や名産品の販売など行いアピールしていました。
学校の友人がその光景を目撃したと私に話してくれましたが、鉄道好きの仲間の間でもその積極性は別にして、冷めた見方をしていましたね。

10019: by 管理人 on 2021/01/06 at 20:25:50

>>「シニアパートナー」さん、コメントありがとうございます。

その話は有名ですよね。結局利用促進にはなりませんでした。その有名な町長さんも2000年に亡くなったと思います。

行動力は素晴らしいですが、逆に本州の人間がわざわざ乗りに行くかというとそうではありませんよね。まだ青函トンネルも通っておらず、道内と本州の移動が大移動の時代でした。

現代なら、ネットやSNSが発達している時代です。現在そうしたPR活動を実施したら、どのような反応が得られるのか逆に気になります。結局は当時と同じく冷めた見方で相手にしてもらえないのでしょうか??

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