フラノエクスプレスのもう1つの顔!!ANAビッグスニーカートレイン
臨時列車 - 2021年01月02日 (土)
20年以上前の年明け直後の話でもしましょうか。

2013年の秋頃、突如苗穂工場の敷地に姿を現した「フラノエクスプレス」。
1998年にラストランを実施し、現役を引退しましたが、正式な廃車は2004年まで先送りされました。写真の先頭車のみ、2015年まで残り、解体されています。
最後の1両については、今までどこに保管されていたのか不思議でしょうがなく、突如苗穂に行った際に目の前に留置されていたので驚いたことを覚えています。噂では、苗穂を離れて滝川の車庫に保管されている等、ネットでも情報を集めましたが、解体されたような話は聞かず、その所在が気になっていました。
トマムサホロエクスプレスの食堂車も長年苗穂工場で保管されていたようです。一説には、扇形庫の中で保管されていたのでは?という情報もあり、同車もその中で保管されていたのかもしれませんね。
それにしても、車籍抹消から11年間保管していた理由が気になるところです。もしかしたら保存する計画も持ち上がっていたのかもしれませんが、残念ながら2015年といえばJR北海道がまだまだ大変な時期で、そうした貴重な鉄道遺産も次々に解体していた時期です。
でも、フラノエクスプレスについては、やはり保存すべき車両だったといまだに思います。理由は、ジョイフルトレインという特殊な車両の中でも、列車のイラストや鉄道模型、プラレールといった模型やおもちゃまで製品化されたことです。当時としては珍しかったです。
今でこそ鉄道模型メーカーは、そうしたマニアックな商品も製作するようになりましたが、当時は「サロンエクスプレス東京」か「フラノエクスプレス」かの2択だったと思います。そこに度々「サロンカーなにわ」が入ってくる程度だったと記憶しています。なので、鉄道ファンのみならず、万人に愛された車両という点では、何らかの形で保存すべきだったと思います。それが叶わず非常に残念です。
管理者はフラノエクスプレスの実車を走っている姿は見たことがありません。鉄道という趣味に火がついた頃には、もう引退していました。
鉄道という趣味があれば、避けては通れない「プラレール」。フラノエクスプレスも製品化されていました。
もう20年以上前、クリスマスにプラレールの絵本を買ってもらったんです。その絵本は、当時管理者にとって衝撃を受けました。写真でありながら、鉄道模型のようにジオラマの中をプラレールが走っている姿を再現しているのです。いつかは管理者もこうした世界でプラレールを走らせてみたい、そう思うようになりました。
一方、数少ない北海道の車両ということでフラノエクスプレスもほしかった製品の1つでした。巻末に古い製品が記載されており、まもなく生産を終える製品たちがずら~っと並べられていたのです。その中にフラノエクスプレスがあり、その後本気で探して手に入れました。
それだけではありません。そこでようやく、もう1つのフラノエクスプレスも見つけたのです。

フツーのフラノエクスプレスがこちら。

そして、新たに見つけたのがこちらです。それまで、フラノエクスプレスが2種類あったとは全く知りませんでした。
その後、絵本を買い集め、ようやくその名前を知ることができました。
正式名称は「ANAビッグスニーカートレイン」です。名前がわからなかったので、当時は幼稚園に入ったか、入らなかったとき「青いフラノエクスプレス」と言っていました。

ネットで調べても出てきます。側面のピンク色のラインから、青色のラインに変わっています。ロゴも変更されており、前面も「Furano EXPRESS」から「ANA」に変わっています。名前が判明次第、すぐに探しました。ちょうど年明けの初セールが実施されていたときで、おもちゃ屋を何軒も回った記憶があります。
それでも、最初に買ってもらった生産を終えるという絵本から少なくとも1年は経過していました。当時はまだインターネットが世の中に出回り始めた頃ぐらいで、もちろんネット通販なんてまだ存在しない時代。今でこそお金さえあれば見つけることはできますが、当時は悔しい思いをしました。

実際に調べてみると、ラインとロゴが違うだけでウリ二つです。これが欲しかったんです。でも手に入れることができませんでした。鉄道模型でもKATOから製品化されていませんでしたっけ?かなりマニアックな製品です。
名前を知らない当時、「青いフラノエクスプレス」と言っても伝わらず、、、

いつも「この車両ではないか??」と疑われたものです。これも懐かしいですね、「名鉄ブルーライナー」。形状もほとんど似ているのでこれと誤解されていたのです。
イラストつきの絵本が手に入った際は、真っ先に伝えにいきましたよ。そうすると、「説明の仕方が悪い」と言われました。幼稚園に入るか、入らないかの時期でフラノエクスプレスとビッグスニーカートレインの違いを説明せいと言われても「わからんっちゅうねん!!」みたいな感じでした。
鉄道が無知な大人に両者の違いを説明するには、どうしたらよいでしょうか?しかも5歳前後で。
幼稚園児になったつもりで説明できる方いますか??いらっしゃいましたらコメントください。
もちろん天才の幼稚園児ではなかったので、「全日空ANAとタイアップした・・・」みたいな説明は無理ですよ。今の管理者でも伝えるのは難しいですよ。そうやって欲しかった製品を逃したことがありました。
それにしても、今見てもカッコいいです。本家フラノエクスプレスよりもカッコいいです。
運行していたのは1987年6月1日から10月31日まで、全日空ANAとタイアップし、全日空ツアー乗客用の「ANAビッグスニーカートレイン」として運行したようです。このときに「キハ82-110」を種車として車体を新造し、「キハ80-501」として4両編成が組まれました。フラノエクスプレスも登場時は3両編成でしたが、以降、フラノエクスプレスに戻された際も4両編成での運行となったようです。
元々は周遊バス「ANAビッグスニーカー号」として運行されていたようですが、それを鉄道車両に置き換えたようです。
苗穂工場では、ANAビッグスニーカートレインのイラストが展示されており、鉄道技術館の開館日に見ることができます。憧れの車両であり、20年前の年明けの壮絶なプラレール探し。思い出したので記事を作成してみました。
国鉄分割民営化からしばらくの間は、臨時列車用の車両を次々に製作し、一方で高速化の波に乗り始め、JR北海道はイケイケ状態でした。今思うと常に毎日何かしら面白い列車が走っているようなイメージしかありません。不採算路線も引き続き抱えながらも、そうした観光と高速化で収益がとれると思っていたんでしょうね。
それが徐々に後回しにされて実際はそのツケが現在に回ってきました。でも、分割民営化当初か、昨今のように長期を見据えた鉄道経営をすると、間違いなくこうした名車は出てこなかったはず。逆に、不採算路線の見直しや整理を後回しにしたからこそ、そうした名車が次々と生まれたのかもしれません。そのあたりは、良い点も悪い点もありますよね。

フラノエクスプレスなどのジョイフルトレインが今の形となったのがこちら。キハ261系5000番台はまなす編成です。今年2月にはラベンダー編成も札幌入りするでしょう。
wi-fiも設置され、性能も最新のキハ261系と同等のダイヤを組むことができます。製造費用も1両あたり4億円です。一見フラノエクスプレスよりも豪華そうに見えますが、あくまで既存車のキャリーオーバー。特別感というのが、やはりかつてのジョイフルトレインよりは薄れてしまいます。やはり長期的なメンテナンスをあまり考慮しないワンオフ構造、定期列車に使わない等、「宗谷」・「サロベツ」のように機会があればいつでも乗れるような車両とは違うので、やはりかつての車両の方が特別感はありますよね。
ということで、引き続きコロナ禍ですが、新年の記事1発目を作成しました。またしばらくリアルタイムの記事は更新できなさそうです。
幅広い世代に閲覧していただくことができるのでしょうか??試行錯誤の始まりです。。。
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2013年の秋頃、突如苗穂工場の敷地に姿を現した「フラノエクスプレス」。
1998年にラストランを実施し、現役を引退しましたが、正式な廃車は2004年まで先送りされました。写真の先頭車のみ、2015年まで残り、解体されています。
最後の1両については、今までどこに保管されていたのか不思議でしょうがなく、突如苗穂に行った際に目の前に留置されていたので驚いたことを覚えています。噂では、苗穂を離れて滝川の車庫に保管されている等、ネットでも情報を集めましたが、解体されたような話は聞かず、その所在が気になっていました。
トマムサホロエクスプレスの食堂車も長年苗穂工場で保管されていたようです。一説には、扇形庫の中で保管されていたのでは?という情報もあり、同車もその中で保管されていたのかもしれませんね。
それにしても、車籍抹消から11年間保管していた理由が気になるところです。もしかしたら保存する計画も持ち上がっていたのかもしれませんが、残念ながら2015年といえばJR北海道がまだまだ大変な時期で、そうした貴重な鉄道遺産も次々に解体していた時期です。
でも、フラノエクスプレスについては、やはり保存すべき車両だったといまだに思います。理由は、ジョイフルトレインという特殊な車両の中でも、列車のイラストや鉄道模型、プラレールといった模型やおもちゃまで製品化されたことです。当時としては珍しかったです。
今でこそ鉄道模型メーカーは、そうしたマニアックな商品も製作するようになりましたが、当時は「サロンエクスプレス東京」か「フラノエクスプレス」かの2択だったと思います。そこに度々「サロンカーなにわ」が入ってくる程度だったと記憶しています。なので、鉄道ファンのみならず、万人に愛された車両という点では、何らかの形で保存すべきだったと思います。それが叶わず非常に残念です。
管理者はフラノエクスプレスの実車を走っている姿は見たことがありません。鉄道という趣味に火がついた頃には、もう引退していました。
鉄道という趣味があれば、避けては通れない「プラレール」。フラノエクスプレスも製品化されていました。
もう20年以上前、クリスマスにプラレールの絵本を買ってもらったんです。その絵本は、当時管理者にとって衝撃を受けました。写真でありながら、鉄道模型のようにジオラマの中をプラレールが走っている姿を再現しているのです。いつかは管理者もこうした世界でプラレールを走らせてみたい、そう思うようになりました。
一方、数少ない北海道の車両ということでフラノエクスプレスもほしかった製品の1つでした。巻末に古い製品が記載されており、まもなく生産を終える製品たちがずら~っと並べられていたのです。その中にフラノエクスプレスがあり、その後本気で探して手に入れました。
それだけではありません。そこでようやく、もう1つのフラノエクスプレスも見つけたのです。

フツーのフラノエクスプレスがこちら。

そして、新たに見つけたのがこちらです。それまで、フラノエクスプレスが2種類あったとは全く知りませんでした。
その後、絵本を買い集め、ようやくその名前を知ることができました。
正式名称は「ANAビッグスニーカートレイン」です。名前がわからなかったので、当時は幼稚園に入ったか、入らなかったとき「青いフラノエクスプレス」と言っていました。

ネットで調べても出てきます。側面のピンク色のラインから、青色のラインに変わっています。ロゴも変更されており、前面も「Furano EXPRESS」から「ANA」に変わっています。名前が判明次第、すぐに探しました。ちょうど年明けの初セールが実施されていたときで、おもちゃ屋を何軒も回った記憶があります。
それでも、最初に買ってもらった生産を終えるという絵本から少なくとも1年は経過していました。当時はまだインターネットが世の中に出回り始めた頃ぐらいで、もちろんネット通販なんてまだ存在しない時代。今でこそお金さえあれば見つけることはできますが、当時は悔しい思いをしました。

実際に調べてみると、ラインとロゴが違うだけでウリ二つです。これが欲しかったんです。でも手に入れることができませんでした。鉄道模型でもKATOから製品化されていませんでしたっけ?かなりマニアックな製品です。
名前を知らない当時、「青いフラノエクスプレス」と言っても伝わらず、、、

いつも「この車両ではないか??」と疑われたものです。これも懐かしいですね、「名鉄ブルーライナー」。形状もほとんど似ているのでこれと誤解されていたのです。
イラストつきの絵本が手に入った際は、真っ先に伝えにいきましたよ。そうすると、「説明の仕方が悪い」と言われました。幼稚園に入るか、入らないかの時期でフラノエクスプレスとビッグスニーカートレインの違いを説明せいと言われても「わからんっちゅうねん!!」みたいな感じでした。
鉄道が無知な大人に両者の違いを説明するには、どうしたらよいでしょうか?しかも5歳前後で。
幼稚園児になったつもりで説明できる方いますか??いらっしゃいましたらコメントください。
もちろん天才の幼稚園児ではなかったので、「全日空ANAとタイアップした・・・」みたいな説明は無理ですよ。今の管理者でも伝えるのは難しいですよ。そうやって欲しかった製品を逃したことがありました。
それにしても、今見てもカッコいいです。本家フラノエクスプレスよりもカッコいいです。
運行していたのは1987年6月1日から10月31日まで、全日空ANAとタイアップし、全日空ツアー乗客用の「ANAビッグスニーカートレイン」として運行したようです。このときに「キハ82-110」を種車として車体を新造し、「キハ80-501」として4両編成が組まれました。フラノエクスプレスも登場時は3両編成でしたが、以降、フラノエクスプレスに戻された際も4両編成での運行となったようです。
元々は周遊バス「ANAビッグスニーカー号」として運行されていたようですが、それを鉄道車両に置き換えたようです。
苗穂工場では、ANAビッグスニーカートレインのイラストが展示されており、鉄道技術館の開館日に見ることができます。憧れの車両であり、20年前の年明けの壮絶なプラレール探し。思い出したので記事を作成してみました。
国鉄分割民営化からしばらくの間は、臨時列車用の車両を次々に製作し、一方で高速化の波に乗り始め、JR北海道はイケイケ状態でした。今思うと常に毎日何かしら面白い列車が走っているようなイメージしかありません。不採算路線も引き続き抱えながらも、そうした観光と高速化で収益がとれると思っていたんでしょうね。
それが徐々に後回しにされて実際はそのツケが現在に回ってきました。でも、分割民営化当初か、昨今のように長期を見据えた鉄道経営をすると、間違いなくこうした名車は出てこなかったはず。逆に、不採算路線の見直しや整理を後回しにしたからこそ、そうした名車が次々と生まれたのかもしれません。そのあたりは、良い点も悪い点もありますよね。

フラノエクスプレスなどのジョイフルトレインが今の形となったのがこちら。キハ261系5000番台はまなす編成です。今年2月にはラベンダー編成も札幌入りするでしょう。
wi-fiも設置され、性能も最新のキハ261系と同等のダイヤを組むことができます。製造費用も1両あたり4億円です。一見フラノエクスプレスよりも豪華そうに見えますが、あくまで既存車のキャリーオーバー。特別感というのが、やはりかつてのジョイフルトレインよりは薄れてしまいます。やはり長期的なメンテナンスをあまり考慮しないワンオフ構造、定期列車に使わない等、「宗谷」・「サロベツ」のように機会があればいつでも乗れるような車両とは違うので、やはりかつての車両の方が特別感はありますよね。
ということで、引き続きコロナ禍ですが、新年の記事1発目を作成しました。またしばらくリアルタイムの記事は更新できなさそうです。
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