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実は北海道にまだある青いDD51

かつて全国で一世を風靡したDD51形ディーゼル機関車。今年3月をもってJR貨物所属機の営業運転を終了しました。

全機がまだ引退とはなっておらず、残るはJR東日本とJR西日本。しかし、在籍数は10両を切っていたはずで、もはや風前の灯火です。

北海道では、2016年まで青い北斗星色を纏ったDD51が活躍していました。JR貨物保有機については先に置き換えられていたので、北海道ではJR北海道保有機の方が長く生き残りました。

その青いDD51は、今でも陣屋町の片すみに置かれており、室蘭市の崎守埠頭に行けば見ることができます。





車番プレートは外されていますが、4機が確認できます。おそらく、キハ183系と同様、譲渡先の情勢が不安定のため、輸出も解体もできない状況ではないでしょうか?

なので放置されているのでは?と思います。



















雑ですが、管理者が撮影した分をHDDから探して少し掲載します。

北海道新幹線開業前は道内と本州を結ぶ夜行列車が多く運行されており、「北斗星」、「カシオペア」、「トワイライトエクスプレス」、「はまなす」といった列車の牽引機として札幌~函館間または五稜郭まで定期運用がありました。急行「はまなす」を除いて長大編成に重連運転。毎日迫力ある運転が見られました。

「トワイライトエクスプレス」は、北海道新幹線開業より1年先に北陸新幹線が開業し、走行経路の一部が第三セクターに移管されるのを機に営業運転を終了しました。ほぼ同じタイミングで「北斗星」も定期列車としての営業運転を終え、2015年夏まで臨時列車として運行されました。

「トワイライトエクスプレス」については、「北斗星」や「カシオペア」が停車する駅を通過したり、函館駅を経由しなかったりと、道内を運行するにあたっては特別な列車でした。

札幌駅の電光掲示板に流れる停車駅も、南千歳、苫小牧、登別、東室蘭、洞爺、新津、長岡、直江津、富山、高岡、金沢、福井、敦賀、京都、新大阪だけというのを鮮明に覚えています。洞爺駅を過ぎたら新津まで停車しませんでした。結局乗れずに終わってしまい、はるか昔に絵本で見たぐらいしか堪能していません。

北海道新幹線開業直前まで営業運転もあり、急行「はまなす」と不定期の「カシオペア」の牽引機として最後まで活躍しました。「カシオペア」は今でも本州で走っていますが、「北斗星」などのいわゆるブルートレインは車両の老朽化もあって後継列車はなく、青いDD51も牽引する列車がなくなったことで2016年3月のダイヤ改正を機に営業運転から撤退しました。









また、青いDD51にはもう1つの見どころもありました。札幌運転所(札サウ)と苗穂運転所(札ナホ)または苗穂工場を走る試1191レ及び試1192レです。苗穂工場へ検査を伴う列車や、ダイヤ改正前後では営業運転を終了した車両の廃車回送の役割を担うときもありました。

キハ283系とキハ183系が繋がれている写真は、出火事故直後のもので、関係車両がほぼ全て苗穂工場へ入場した際のものです。



管理者の中で苗穂工場入場列車で一番強烈だったのがコレです。客車と電車と気動車が繋がれた魔編成。これはなかなかないですよ。

今年は北海道新幹線開業5周年。ということは、青いDD51が本線上から消えて5年が経過するのです。つい先日まで走っていたような感覚があるのは気のせいでしょうか?

DD51は北海道に保存車もありますが、いずれも原色での保存だったはずで、青いDD51は保存されていません。写真を見返すか、崎守埠頭に行って最後に確認してくるしかないのです。

時間が経過すれば、「北斗星」や「トワイライトエクスプレス」などのブルートレインを知らない世代も出てくるでしょう。そして、「はまなす」も列車ではなくてキハ261系5000番台はまなす編成しか知らない世代も出てくるでしょう。寂しい限りですが、こうした写真は少なからず残しておきたいですね。











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コメント
10336: by ハナ on 2021/03/26 at 09:27:56 (コメント編集)

客車列車ならではの乗り心地を味わうのも今や国内では難しく長大編成で夜行列車が走る姿。十数年後には過去帳入りも現実化してきてます。移動手段の変化と言われればおしまいですが夜行列車で迎える朝の光景は感慨深いものがありますね。

10344: by 管理人 on 2021/03/28 at 23:40:40

>>「ハナ」さん、コメントありがとうございます。

夏の北海道の朝は最高だと思います。その景色を堪能しながらモーニングタイム。最高じゃないですか。

ただ、終着駅に早く到着し過ぎてもダメですよね。本州方面だと「ゆうづる」みたいに通勤列車設定のために早く到着してしまうケースもありましたよね。その点、道内と本州を結ぶ夜行列車は良かったと思います。

10350: by 龍 on 2021/03/29 at 21:26:20 (コメント編集)

DD51形ディーゼル機関車は、デビューした当初は嫌われ者でした。製造目的の一つが蒸気機関車の置き換えであり、当時のSLブームも相まってどうしても「SLを廃止に追いやっていく悪者」扱いされてしまったからです。D51形蒸気機関車(デゴイチ)と形式名が似ていることから「ダメデゴイチ」、登場当初の赤い塗装から「ブタ」、凸型の外見から「文鎮」と散々罵倒されたという逸話が残っています。

性能と安定性は申し分なく、日本の鉄道の動力近代化・無煙化に大きく貢献した車両なのは間違いないありません。急行「ニセコ」の牽引機がC62形蒸気機関車からDD51形に置き換えられた際には、函館〜長万部間(112.3km)だけで約30分もの所要時間短縮を実現していますし、何よりも乗務員の労働環境が蒸気機関車と比べて劇的に改善されています。

やがて電車や気動車が主役になると機関車が牽引する列車自体が少なくなり、さらに老朽化で後継の機関車が登場すると次第に活躍の場を減らしていき、今度はDD51形が引退を惜しまれる立場になりました。

ちなみに、JR北海道で急行「はまなす」(増結時除く)以外の本州方面の夜行列車が重連での牽引だったのは、他の列車の邪魔にならないダイヤを組むためです。具体的には最高速度が95km/hと遅いこと、10〜12両の長大編成の客車を牽引すること、函館本線の七飯〜大沼〜森間に急勾配があることへの対策が理由でした。

JR北海道のDD51形(北斗星色)のうち、1137と1142はタイ国鉄に引き取られ、現地の路線の複線化工事に使用されています。

10357: by 管理人 on 2021/03/31 at 01:27:31

>>「龍」さん、コメントありがとうございます。

蒸気機関車を置き換えたことで嫌われ者になった話は過去に鉄道雑誌で書かれていたので鮮明に覚えています。しかし、DD51よりも後に登場するディーゼル機関車が技術力は進歩したものの、不具合続きでどれも長く活躍しませんでした。

結果的にDD51の安定さが評価され、次第にその過去の話は払拭されていきますよね。

貨物列車の削減、旅客列車も電車や気動車にシフトしていくと、徐々に活躍の場は失われていきます。JRの旅客鉄道会社でも引き続きDD51のようなディーゼル機関車は必要ですが、数機のためだけに開発するわけにもいきません。DF200を投入してもいいですが、軸重の関係で活躍エリアは絞られてしまうかもしれません。

そうした点でも、DD51は汎用性の高い機体であり、老朽化しながらも各社が最後の最後まで手放さない理由がわかります。

あとは、急行「はまなす」が単機で運用に就いていたのも、余力あるダイヤを組んでいたことも理由にありそうです。途中で機関車は付け替えられますが、1時間程度までの遅れなら、青森到着までに回復できるみたいですね。そのあたりも急行「はまなす」だけ単機だった理由にも納得できます。

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