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北海道の鉄道の内容を中心に自身の知識も含めながらブログの記事を日々更新しています。札幌市在住のため、主に札幌圏を走行する列車についての話題です。

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最後の「優駿浪漫カラ―」の解体が始まる

先日、苗穂工場の解体線に移動した最後の「優駿浪漫カラ―」の「キハ40-351」と「キハ40-356」。先週から前者の方から解体作業が始まりました。







車体の一部が既に切断されていました。来週あたりまでに解体作業が完了するペースだと思います。これにより、日高本線用として使用してきた「優駿浪漫カラ―」の350番台は完全に消滅することになりそうです。



「優駿浪漫カラ―」の350番台は、日高本線用に投入されましたが、高波による大きな被害を受け、日高本線が寸断されて一部区間が不通になって以降、ほかの苫小牧運転所(札トマ)所属のキハ40形気動車と共通で使用されるようになりました。そのため、千歳駅や新夕張駅、岩見沢駅、東室蘭駅、長万部駅といった苫小牧運転所(札トマ)のヨンマルが受け持つエリア全域でその姿が見られるようになりました。

昨今淘汰が進んでいるキハ40形700番台からの改造車です。1998年から1999年にかけて、従来使用されていたキハ130形気動車を置き換えるために10両が改造されました。元々日高本線は同700番台が使用され、キハ130形気動車に置き換えられており、新製車両投入によって置き換えられた車両で再度その新製車両を置き換えるという珍しい事態となりました。

キハ130形時のダイヤを維持するため機関をN-DMF13HZB (330 PS / 2,000 rpm) に換装して出力を増強しています。また、落ち葉などによる空転対策のため砂撒き装置を台車に装備しています。学園都市線用に改造された300番台とは異なり、車内の改造は実施されず、冷房装置も搭載されていません。このあたりが長く使用できなかった理由の1つになるでしょう。

前身となるキハ130形気動車では、低コストで運用可能なことや軽量車体の恩恵もあって所要時分の短縮に貢献しました。しかし、小型気動車化したため、車内が狭いという声が多く寄せられたことも事実で、利用者の評判もよくありませんでした。

徐々に小型気動車ゆえの問題点が浮き彫りになり、軽量車体ゆえ、踏切事故が発生した際に運転台が大破し、低運転台構造ということもあって運転士が両脚切断という重傷を負いました。さらに原形をとどめないほど大破した踏切事故も発生しており、修理不可で廃車となった事例もあるようです。

また、鋼板が薄い軽量車体ということもあり、塩害腐食が早期に進行したことや、本州向けの汎用車を投入したため、一重2段窓やデッキなし構造が冬季における車内保温能力低下を招きました。1988年と1990年に日高本線に投入されましたが、これらの理由で淘汰は10年後の1998年から始まり、2000年までに一般営業運転を終了しました。イベント用車両については、2001年まで残ったようです。

その後継車が350番台となるわけですが、その350番台が亡き今、苫小牧~鵡川間では、苫小牧運転所(札トマ)所属のキハ40形気動車で運行しているようです。「道央 花の恵み号」を含めて6両が主に日高本線用として残りました。ほかの5両については塗装変更などは実施されず、一般色の1700番台です。

H100形の新製で、追われる立場となった北海道のヨンマル。「優駿浪漫カラー」もそのうちの1つです。こうして徐々に北海道からヨンマルは姿を消していくことでしょう。今年度は釧路への配置も始まり、道東方面のヨンマルも数を減らしていきそうです。











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コメント
10747:いい思い出です by をぐ on 2021/09/13 at 23:34:52

夕張支線廃止直前の2019/2は大寒波で新夕張までしか行けず、代行バスで夕張に行くも列車は来ず。
リベンジで3月に夕張に行った際にこの351に乗りました。
356もデジカメの履歴をみたら札沼線が廃止になる前に遠征した2016年に室蘭本線で乗っていました。
今年の6月に遠征した際にはGV-H100をあちこちで見かける代わりに苗穂で日高色のキハ40を見かけたのでもしかしたら、もしかしたら…と思いましたが…残念ですね。

10751: by 管理人 on 2021/09/15 at 21:48:07

>>「をぐ」さん、コメントありがとうございます。

機関換装をしたぐらいで、ほかに大きな改造はしていません。非冷房車であることも長生きできなかった理由の1つだと思います。

海沿いを走る日高本線で使用していたため、車体の腐食は酷いはずです。700番台ですら整備されずに放置され、解体の運命を辿る昨今、350番台も限界だったと言わざるをえませんね。

10758:キハ400が宗谷本線から降ろされた時に by 千葉日台 on 2021/09/18 at 18:36:13

宗谷本線に転属になるという話をユースホステルで同宿者より聞いたことがあります。
その後優駿ロマンでキハ400系が使われたのでさもありなんと思いましたが、実際は違いました。

そのキハ400系と同じエンジンを積んでいたので、そして冷房無や接客設備が簡素な分走行性能は勝っていた気がします。

実際苫小牧から静内迄の評定速度は各駅停車で55km/hを超えていた列車もあるように走行性能的には優秀でしたが、潮風が強い路線かつ、保全工事を一切していなかったことと、のちの1700番台とエンジンが違って、ニッチな車両となった事も仇となった感じですね。

とは言え、種車が1980年頃の登場なので40年走った事になります。天寿を全うしたのかも知れません。

10769: by 管理人 on 2021/09/19 at 21:03:00

>>「千葉日台」さん、コメントありがとうございます。

海沿いを走るので、老朽・劣化は見た目以上に進んでいたはずですよ。

宗谷本線に転属するにしても、次に日高本線の後継車両がいないんですよね。逆に400を普通列車用に再改造した方が使用実績もあって転用もしやすかったはずです。

比較的温暖な気候で使用されていたとはいえ、北海道で車齢40年は大したものです。さすがに限界だったと思いますよ。

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